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【オムニバス】
「何も無くなっちゃった話」第二話(2)
「歳をとると逆に人恋しくなるもんなんじゃないのかね」
今年57になる久保田が遅い夕食のテーブルで妻と話している。
カレイの煮付が載った皿をそこに置きながら妻がいう。
話題は例の土地に住んでいた老人の話である。
「人によるんじゃないの? 時々いるわよ、そういう人」
「俺のオヤジなんか毎日電話かけてくるけどな。
さびしいんだろうけどな。ちょっと鬱陶しいんだよなぁ」
久保田の父は例の「変わった爺さん」と同い年の92だ。
長生きと言っていい。
「人によるのよ。友達も少なくて呑みに行ったり
ゴルフしたりしないお年寄りもいるわよ。あたしの父みたいに。
もうずいぶん前に死んじゃったけど」
「本を読んで音楽ばかり聴いてたんだっけな」
「そう。それも変わった音楽ばっかり。
だから友達も少なかったんじゃないの。
それで満足、って人もいるのよね。
あたしもどっちかっていうとそっちかもしれない」
俺はどっちかな。ゴルフはしないけど、
友達と呑んだり話したりしてる方が楽しい口だろうな。
そんなことを考えていた時、携帯の着信音が鳴った。
「もしもし」
「久保田さん。藤本です。ちょっと今いいですか」
「いいよ、カレイの煮付け食いながらでいいか」
「実は今、帰りがけに例の予定地の前にいるんですけどね。
ちょっとヘンなんですよ」
「ああ、あそこオマエの帰り道の途中だったな。なんだ、どうした?」
「穴がですね。あいてるんです」「穴? あれは塞いだんだろう」
「いや、あの場所じゃなくて、なんて言ったらいいか……」
「また別の場所に空いたのか? 陥没したってことか?」
「ちょっと出てきてもらえませんか」
桧山不動産はもともと小さな街の不動産屋である。
扱う土地や建物などの物件もほぼ100%が地元だし、
従業員(と言っても社長以下総勢16名ほどだが)は
近隣に住んでいる者がほとんどだ。
藤本も久保田も会社から家までの距離はそう遠くない。
例の土地へも久保田の家からなら車で10分ほどあれば行けるだろう。
「なんだよ。ビールの栓、抜いちゃったんだけどな」
「ああ、じゃあ……」「いいよ、行くよ。呑む前でよかった。
車で行くから待ってろ」携帯のスイッチを切る。
「ちょっと出てくる」「そのビール、あたし呑んでいい?」
「いいよ、でも1本だけだぞ。もう冷えてるのあと1本しかないんだ。
それと残りの料理作っておいてくれよな」
「遅くなるの?」
「携帯に電話する」
時計は9時をまわっている。
久保田は古いマーチのキーを手に取り、玄関を出た。
<おわり> |
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