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【短編小説】
「ハロー・イッツ・ミー」第一回


冬の初めの晴れた日。この季節の昼下がりに
外苑前から表参道へ向かって青山通りを歩くにはサングラスが不可欠だ。
少し角度を浅くした太陽がまともに目に入ってくるからである。

ましてや雨の日の翌日などはひどいもので、
大気が細かい水蒸気の粒を含んでいるせいか、
乱反射してただでさえ強い冬の日差しに目もくらむばかりだ。

これが南仏あたりの太陽なら映画のワンシーンよろしく
「太陽がいっぱいだ」とつぶやくところだが、
青山通りの雑踏の中ではそれもそぐわない。
手を目の上にかざして「まいったなぁ」というのが関の山である。

ご多分に漏れず、この日のトリタニも右手を目の上にかざしたまま
「まいったな、サングラスを持ってくればよかった」
とつぶやいた。しかもひどい二日酔いだ。

二日酔いの辛さをことさら増幅させるものには3つある。
「胃の重さ」と「断片的な記憶の消失」と、
そしてもう一つが「強い日差し」……
そんなことを考えながらトリタニは
スパイラルの前あたりをフラフラと歩いていた。

ことの起こりはずいぶん酒の入った深夜の時間、
トッド・ラングレンの歌詞にマユミがケチをつけたからだ。
よりによってその時聴いていた
彼がトッドの書いた曲の中で一番好きな曲に。

昨日の夕方、トリタニはめずらしく早く家に帰ることができた。
夜の7時にはポーク・ピカタとサラダを作って
ビールをひと缶呑んでから
ホワイト・ラムをロック・グラスに注いだ。
そこへマユミから電話があったので
冷凍庫から鶏肉を出して粉をまぶし、
ロック・グラスをもう一つ出した。

さらに30分ほどしてフライドチキンができる頃、
ドアホンが鳴ってドアを開けると
サラミとクリームチーズとバゲットが入った
紙袋を手にしたマユミが立っていた。

本気で呑むつもりらしい。
これはこの日の彼女がかなり疲れていると言うことを意味している。

案の定その日の彼女は建築会社の経理という仕事が
かなりハードだったようで、部屋にはいってコートを脱ぐと、
手を洗っただけでテーブルについた。

最初のビールを一口飲むと「ふう」と言ってため息をつき、
首を回してコキコキと言わせ、
自分で「オヤジくさい」といって笑った。

<つづく>

「ゆれる防衛本能」
(5)
見ざる聞かざる嗅がざる

「ゆれる防衛本能」
(4)
「無音」の恐怖

「ゆれる防衛本能」
(3)
音は知らせる

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