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【短編小説】
「コーヒーミル」第六回
「聞けない」のか。「聞きたくない」のか。
サー……というノイズと遠い歌声を鼓膜に感じながら
汗ばんだ手を何とか動かそうとする。
意を決したように受話器を耳から離してスイッチを押した。
切断。しばらく動けなかった。
小一時間もそのままでいただろうか。
気がつくと夜が白々と明け始めていた。
ライト付ルーペを手に取ると、
ピンセットでカウンタの数字を「034」にし、
裏蓋を元に戻してネジで固定した。
電源を入れるとミルはなんの問題もなく動いた。
駆動系の角度は34度で正しかった、ということだ。
*
しかし、数ヶ月そのまま使いつづけたミルは
ある月曜日の朝に再び同じような音を立てて動かなくなってしまった。
少し考えて決心し、再度底を開けて「角度」を「34度」にした。
動かなかった。
「駆動系の入力角度」が変わってしまったのだろうか。
いずれにせよボンボルジア社に問い合わせなければならない。
ミルを取ってあった箱に納めると紙袋に入れ、
そのままゴミ置き場へ持っていった。
また「浦豚」を開けるとそこにブラック・ホールのような
真っ黒な空間が広がっているような気がしてしようがなかった。
あるいはもう一度「ボンボルジア社」とつながることに
耐えられなかったのかもしれない。
ちょうど月曜日は燃えないゴミの日だ。
仕事場から帰る途中、
「100g。ペーパーフィルター用でお願いします」
と言ってコーヒー豆を買った。
翌朝、袋からスプーンで3杯の粉を出してドリッパーに入れ、
コーヒーを入れた。
次の日も、その次の日の朝も。同じようにしてコーヒーを飲んだ。
そうして挽いてもらった豆で入れたコーヒーを飲むようになって
ふた月ほどたったある雨の朝。
小さくて堅めのパンと一緒にコーヒーを口に含むと、
パンはホロリと崩れた。
マグカップを手に窓の外を眺めながら考えた。
そろそろ……。
コーヒーミルを買わなきゃな。
(了) |
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