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其の六十六 中村仲蔵
知っている人も多いと思うが飛行機の座席シートの肘掛に
イヤホンが差し込める穴があり、
備え付けのイヤホンを繋げると音楽やら何やら聴けるようになっている。
寄席のチャンネルもあって嬉しい。
先日差し込んだら『中村仲蔵』を演っていた。
中村仲蔵は落語の中で私が一番好きな噺だ。
もう何十年も昔「将来どうやって働いて生きていこうか…」と考えていた頃、
テレビをつけたら先代の圓楽がこの噺を演っていた。
その時のテレビの場面や周囲の様子をハッキリと覚えているぐらいなので、
余程感動したのだと思う。
不遇な待遇に腐らず「誰も見たことのない定九郎を工夫してやる」と
一世一代の意地を見せて役者として成功するという噺だ。
人様はそんな心持ちにならないかもしれないけれど
私は何度聞いても涙が出てくる。
飛行機の中の仲蔵は恋女房に諭され、
妙見様に願掛けし、満願日の蕎麦屋で会った侍を見て工夫を思いつく。
私が昔聞いた中村仲蔵では絶望して腐る仲蔵を
師匠が叱り飛ばす場面があったと思う。
「この世の中はお百姓さんが米さえ作ってくだされば成り立つのだ。
役者なんざぁ世の中になくっても構わない商売なのだ。
だから死にたいなら死ねばよい。半端な役者なら死んでしまえ」と。
それを聞いて仲蔵一念発起。
死ぬ気で自分の芝居を立て直すという筋になっていたと思う。
私はその時、自分がそういう種類の仕事に進もうとしていることを自覚した。
おっちょこちょいなりに覚悟を決める必要があると感じたのだった。
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