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其の四十六 蝦蟇
朝の7時だというのにもうなにやら暑い。
老犬も観念している。散歩に連れて行けという顔をしていない。ように見える。
しかし今日はもうひとつ早く起きたので散歩に出てみた。
百メエトルも歩かないうちに蝦蟇に会った。
田圃でも畑でも沼でもない此処はアスファルトの道路である。
歩道の縁に蝦蟇が居る。
春先には時折、轢かれている大きな蝦蟇を見掛けるので彼奴も死んでいるのかと思ったらちゃんと厚みがあって目蓋をしゅるりと上げた。
犬を連れて近づくが身動きもしない。
平たく轢かれていないだけで車にはねられて怪我でもしているのかしらと思ったがゆるゆると足を動かして少し向きを変える。大体に蝦蟇の交通事故は轢死のみ。犬でもあるまいし蝦蟇が足だけ骨折する事故なんてないだろう。まあ蝦蟇は雨蛙と違うのだから逃げないのだと納得して歩き出す。
しかしだな。
三十分もしたら此処はあっという間に日に照らされて灼熱のアスファルトになってしまうだろうよ。蝦蟇よそれでいいのかね。と思ううちに矢張り引き返すことにする。此の儘平たくなって早晩乾いていく蝦蟇の干物を散歩の度に見掛けるのは気分が優れないというか勘弁してほしい。
ところで。
蝦蟇には毒が有るのでいくら私だとて素手では掴めない。
犬の散歩用に持ち歩いているビニイル袋に手を入れてそっと蝦蟇を持ち上げてみた。
袋を綴じてしまったら息が出来ないかも知れないので、袋の口は上に向けて開けた儘そっと蝦蟇を乗せて厳かに歩き出す。
右手に犬の紐を引き、左の掌に茶色の大きな塊が入ったビニイル袋。
犬の糞を恭しく捧げ持っているかのように奇妙なスタイルだが早朝の事で人に会わないから構わない。
畑と墓地が続く草叢まで来て此処なら良かろうと蝦蟇を袋から出して置いてみた。
蝦蟇なので手を離した途端に跳ね去ったりはしない。目を閉じてじっとしている。炎熱に灼かれるところを免れたと感謝する様子もないので人様と犬が先に立ち去ることにする。
帰宅後、家人に蝦蟇救出の話をする。
「あれは魔法で蝦蟇にされた王子だったかもしれないのでそのうち恩返しに来るだろう」と言うと「数十年待って魔女に魔法を解いてもらうための待ち合わせだったやも知れぬ。だから不自然に早朝の歩道に居たのじやあないか。それを理由も聞かず連れ去るとは可哀相な限り。これでまた数十年を蝦蟇姿だ」と言う。
さて。
蛇に続いて蝦蟇が来たなと思っていたら韓国旅行から帰って来た友人が「カタツムリクリイム」なる流行の美容クリイムを持って来てくれた。
有難う。
蛞蝓の綱姫が揃ったところで完成と言うことだ。何やら嬉しいというだけで特別に意味のある話ではない。
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