茶柱横町 茶柱横町入口へ
 
 
プロフィールを見る
前を見る 次を見る

其の三十九 青春

青春 I

「青春をこじらせている」
敬愛するみうらじゅんさんが
「童貞をこじらせる」とか「青春をこじらせる」
とか言っていたので、その謂いを真似てみた。

私の話だ。 昔、夫婦揃って青春をこじらせ、今に至っている。
当然、生活も大変だ。
娘たちもこじらせるかもしれない。
今は亡き私の父もこじらせていた。
しかし、葬式代が残っていたのだから御の字だろう。
ところで、私には義理の父にあたる人が二人いるが、
こちらもおそらく青春こじらせ派だ。
まちがいない。

私の母と夫の母、本人たちはいたって堅実だが、
おそらく、そうした青春こじらせ男が好きなのだろう。
妹も堅実な性格だが、妹の夫がこれまた見事に、イイ具合にこじらせている。
妹夫婦の子どもたちもおそらく適度にこじらせるだろう。



青春

夢に向かって進まずにいられない。
無計画で無軌道で、勢い任せの行きあたりバッタリ。
可能性の低い賭けが、どうして、こんなに面白いのか。
なぜ、それだけでハッピーなのか。

そして、
青春はいつでもどこでもそこにある。
社会的責任を果たして、ちゃんと計画的に生きてきた人、
ふざけていない人たちでも、残り時間で青春をこじらせることができる。
これは誰でも平等にできる。
素晴らしいことだ。
遅くはない、一人でも早く気づいて、こじらせてほしい。
誰でも、ワクワクとドキドキのために一生を棒に振る自由がある。
誰もが、愚かに生きる権利がある。



青春 II

さて、
私は熊本に行くことにした。
残り時間が少ない叔父に会うためだ。
この叔父はキングオブ青春こじらせ派だ。

ファッションデザイナーを目指したり、プロボーラーに憧れたり。
スナックをやってみたり、取り立て屋になってみたり。
さまざまな怪しい職業を経て、途中で家族も小指もなくしてしまった。
中華街の社長に拾われて運転手になったが、
身体を壊してから故郷に戻り、タクシー運転手をしていた。
私が憶えているのは、ウチに居候していた当時の若い叔父の姿。
細身の黒いパンツをはき、
イギリス製の赤いタートルネックのセエタアを着た叔父さんは、
インチキ手品で子供の私を怒らせていた。

今、病篤く故郷の病院に居るという。
行って、勝手に表彰してこようかと思いたった。

病院に着くと、オシャレが大好きだった叔父が、無精ヒゲのまま、
薄い身体で横たわっているのが見えた。
目は目ヤニで開かず、ノドに穴を穿ちて、声はとうに失われていた。
もう、耳も聞こえてないかもね。
勝手に握手をしてみたが、関節が固まっていて痛いのかもしれない。
時おり微かに、顔を歪めていた。
「先週までは意識があったんだけどね」と伯母。
「筆談で欲しいものとか…。『手鏡持ってきて』とか、言ってたの」と従姉妹。

「叔父さん、叔父さんの一生は幸せだったかな?」と心の中で聞いてみた。

「もう、先日から、字も上手く書けなくなってさ、ホラ…」と、
従兄弟が傍らのテッィシュボックスをひっくり返すと、
箱の裏に、震える文字で書かれていた。
「わからない」と書かれていた。

そうだ。
青春も、一生も「わからない」。
これでいいのだ。
インチキ手品バンザイ!
青春バンザイ!

其の七十二
十分にご注意ください

其の七十一
一本木

其の七十
ダイヤと法灯

バックナンバーINDEXを見る
前を見る 次を見る
| 著作権について | このページのトップへ | 茶柱横町入口へ |