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其の三十八 太田道灌

子供の頃、加瀬山という小さな山の麓に住んでいた。
近所では加瀬山で通っていたが
夢見ヶ先公園という洒落た名前が付いていた。
先祖代々住んでいた訳でもないが、
学校の教師か、地域の集まりか、
夢見ヶ先の名の由来は小さい頃から幾度となく聞かされた。

太田道灌が此の地に城を築こうとしていた。
ところが、昼寝をしていたら鷲だか鷹だかが現れ、
道灌の兜をくわえて遠く飛び去った夢を見たそうな。
縁起でもない、と道灌殿は城を建てるのを止めたそうだ。
それから多摩川を渡って千代田区辺りへ向かったのだろう。
江戸城になりそこなった加瀬山を見て、
「へえそうか」というのが子供らの感想だった。

現在、小机に住んでいる。
小机には小机城という城があったらしい。

「小机はまず手習いの初めにて、いろはにほへとちりぢりとなる」
と、小机城を攻めるにあたり大将はそんな歌を詠んだという。
この大将が太田道灌だ。
なんだか知らないが遺恨である。
道灌め。

其の七十二
十分にご注意ください

其の七十一
一本木

其の七十
ダイヤと法灯

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