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其の三十五 引越しの日
家の前の空き地には
我が家の工場から運び出した電線やら
工作機械やらトランスやらが山と積まれていた。
皆さんお世話になりました。ご自由にお持ち下さい。
という間もなくそれらは綺麗に片付いていった。
朝から、裏の畑の小父さんが庭木を全て上手に括って、
トラックに乗せるまでにしてくれていた。
祖母は近所の人々と口々に挨拶を交わし、別れを惜しんだ。
そんな風に引越しの日は過ぎた。
しかし、夕方、トラックが到着して荷物を運ぶ段になると、
家の新しい持ち主も何処からかやって来た。
そして、「庭木は置いていくという約束だったではないか」と言い、
折角の上出来な梱包は全て解かれてしまった。
父は庭木以外の荷物とトラックに同乗し
新しい家へと向かった。
私は祖母と妹と総武線に乗って東京湾をぐるり、
海の反対側の町へと移動して行った。
鶴見操車場を渡る陸橋の上を、
鳥籠をぶら下げて歩いていたのを思い出す。
特に悲しくも無く、特に嬉しくも無く、
淡々と陸橋を歩いていた。 |
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