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其の三十三 商店街の地図

ただの盛土だったところに大きな新道が作られた。
盛土の下には交差するトンネルが作られた。

物心着いた頃にトンネルは出来たのだろう。
トンネル以前の記憶は無くて
トンネルを通るのが恐怖なところから記憶が始まっている。
声が反響しておどろおどろしく、
暗くひんやりした洞窟のように感じたからか。

トンネルを通らなきゃいいのだが子供のお使いでもそうはいかない。
トンネルの向こう側に駄菓子やパンを売る利根川屋があったから。
利根川屋の小柄な小父さんは
ピカピカした禿頭でいつも紺色の前掛けを締めていた。
味噌や豆腐を売る狭間屋もあった。
味噌を買ったときは包み紙の隙間から
指を突っ込んで嘗めながら帰った。
相模屋はラーメン屋。
どの屋号も店主の出身地の地名なのか、
今はあまり見かけないが当時は多かったように思う。

化粧品と生活雑貨は網野商店という店の小父さんが
御用聞きと配達をしていた。
米も酒類も御用聞きと配達だった。

猿を飼っていて手に負えなくなったとき
祖母が米屋の御用聞きに押し付けてしまった。
猿はどこかの原っぱに放されたらしいと後から話に聞いた。
親戚の船乗りがフィリピンかインドネシアから連れてきた
在来種でもない猿がどうなったのか。
御用聞きにも猿にも申し訳ない。
時効ということで済まされるのか。

隣の畑を通って抜けた通りには乾物を商う甲州屋があった。
魚屋と八百屋もあったように思う。
魚屋の店先では魔法のような手際で
魚をさばいていく店主や小母さんの手元を見つめて
時間を忘れた。
魚屋の二階に上がりこんで、
魚屋の娘さんが作った馬の紙模型を見た。
素晴らしく精巧な紙の馬に惚れ惚れした。
勇気を出して「頂戴」と言ってみたが聞き入れられなかった。

しばらくすると新道の先に大和ストアという
スーパーマーケットが出来た。
入り口でカゴを取り、
好きな物をずんずん手前勝手に入れて行き最後に精算するという。
誰とも口をきかずに買い物が出来るというのでうっとりした。

カゴに物を入れる瞬間は後ろめたい気がしたが、
しかしこの店はそういう決まりなのだ。
子供の私は小さな商店よりも
その明るいスーパーマーケットが大好きになった。

其の七十二
十分にご注意ください

其の七十一
一本木

其の七十
ダイヤと法灯

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