茶柱横町 茶柱横町入口へ
 
 
プロフィールを見る
前を見る 次を見る

其の三十二 散 歩

当時、我が家の裏には畑が広がり、
その中の道を通って商店のある通りに抜けた。
今、考えるとあれは裏の農家の庭というか、
畑の中の私道ではないか。
いつもいつも当然の様に利用していた。
そこで遊んだり、野菜を分けてもらったりした。

もちろん、勝手に採って来るのではなくて
農家の小母さんが持たせてくれるのだが。
鍬を借りて土を耕したり、鉈で薪を割ってみたり。
菜っ葉を束ねて藁で縛ったりした。
秋になると、積まれた藁束を掻き分け
蟋蟀や鈴虫を佃煮が出来る程捕まえていた。
長閑な鷹揚な話だ。
有難い事だったと思う。

春になると一面の菜の花畑になり、
黄と緑のグラデーションが美しい道となった。
菜の花畑が両側に広がる道を通って、
その日はいつもと反対側の方角へ折れて進んだ。
何故か理由は判らないけれども
祖母がそちらに行ってみようと思い立ったのだろう。
私は祖母について歩いて行った。

夢見ヶ崎公園と呼ばれる小山の裾に沿って進むと、
ぐるり、山の反対側の町に出た。
山の裏側にも同じように商店街が連なっていた。
たった二十分やそこら歩いただけだが
全く知らない町並みが新鮮であった。
自分と同じ言葉を話す人達がいることに安心したぐらいだ。

余程、機嫌が良かったのか何か特別な事でもあったのか、
祖母はその商店街の中の洋品店で私に服を買ってくれた。
服は三越で買うと決めていた人だったので、
近所で服を買うという
その唐突な思い付きに私はめんくらった。
鼠色の大きな格子模様のジャンパースカートを買ってもらった。
麻の入ったその服を四十年近く経った今も持っている。
特に気に入っているということとも違うと思うのだが、
この服を見る度に菜の花畑の道のところから回想が始まるため、
いつまでたっても捨てるところまで辿り着かない。

其の七十二
十分にご注意ください

其の七十一
一本木

其の七十
ダイヤと法灯

バックナンバーINDEXを見る
前を見る 次を見る
| 著作権について | このページのトップへ | 茶柱横町入口へ |