夢見る大人のWEB MAGAZINE
茶柱横町入口へ
斎藤忠徳のページへ ジュミック今井のページへ 小泉直子のページへ 古山拓のページへ にしごりるみのページへ 松元まり子のページへ 梶原初映のページへ おたこのページへ 小谷中 清のページへ 白やぎ黒やぎのページへ オオノ・マユミのページへ 清水 大門のページへ 沼尻 昌子のページへ 藤原 寿子のページへ ふじわら かずえのページへ 小幡 亨のページへ 山田 博之のページへ 坂東 信一のページへ
みたけさやかのページへ サイトウトモミのページへ 赤江橋洋子のページへ 井上明のページへ 仔鹿リナのページへ まえがまちえのページへ キムテイのページへ 大野舞(デナリ)のページへ 荒木典子のページへ フクチマミのページへ 本庄慧一郎のページへ 田中ひろみのページへ 岩井美代子のページへ 柏木敬太のページへ 大森 秀斗史のページへ 銀扇のページへ 山森 洋一のページへ 谷口純平のページへ
茶柱横町入口へ
 
 
プロフィールを見る
前を見る 次を見る

其の二十八 自慢

祖母の数ある自慢の一つは、
「昔、近所に上田馬之助が住んでいた」ことだ。
上田馬之助とは昔のプロレスラーである。
ジェスの登場する「ララミー牧場」とともに、
「プロレス中継」は祖母のお気に入りだった。

祖母はプロレス中継を見ていて血圧が上がり、
翌日寝込んでしまうことも多かった。
すると、近所の中岡医院の中岡先生が、
黒い鞄を抱えて看護婦さんを連れ、往診にやって来る。
「おばあちゃん、また、プロレスかね」と
良く通る低音で祖母に話しかけていた。
聴診器を当て、血圧を計り、場合によっては注射をする。
今、考えると随分に親切なお医者である。
「でも、死んでしまうかと思った」と、
人一倍怖がり屋の祖母は真剣だ。

私の住んでいた地域では通常、女児の七五三は三歳、七歳で祝う。
しかし、祖母の「次の祝いまでに、
私は死んでしまうかもしれないから」という理由で、
私は、三歳、五歳、七歳の全てで着物を新調し七五三を祝ってもらった。
誕生日も七五三の日なので、
まあ、有難いことでもあり、文句は無かったが。

其の三十八
太田道灌

其の三十七
子 供

其の三十六
御小遣い

バックナンバーINDEXを見る
前を見る 次を見る
| 著作権について | このページのトップへ | 茶柱横町入口へ |
2005-2009(c)CHABASHIRA YOKOCHO All Right Reserved