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其の十七

ひろ子

小さな拵えの仏壇には、位牌と古びた写真が並んでいた。
おさげ髪に着物姿の娘さんの写真が入っていた。
誰も何も説明してくれないので、自分で勝手に推理する。
これはおそらく私が生まれるずっと以前に結核で亡くなった、
祖母の養女の写真だろうと思う。
「占い師がやってきて『畳を全部あげろ』と言ったんだ。」
畳を上げたあとの埃っぽい床板の素っ気無さや、
隙間から覗く根太板を私は思い描いた。
そのとき、寝ていた女の子はどこに寝かされたのだろう。

「そのときに、ああこれはもうダメなのだと思ったよ」
と祖母は言っていた。
その前にもらった養子には出て行かれ、
養女になったこの娘は亡くなってしまった。
「ひろ子」という名の子。

最後の養子が私の父であったようだ。
ところで、私は長女で生まれてきたのだが、
私の前に死産で産まれた姉がいた。
家族の話題にその赤ん坊の話が出ることはほとんどなかったけれど
一緒にその仏壇で祈られていた。
名前は「ひろ子」と呼ばれていた。
どうも、祖母はまとめて供養していたような気がする。

其の三十八
太田道灌

其の三十七
子 供

其の三十六
御小遣い

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