茶柱横町 茶柱横町入口へ
 
 
プロフィールを見る
前を見る 次を見る

其の十一 茄子

再び、火鉢の話である。
火鉢の炭火で、私と祖母と妹は実にいろいろな食べ物を
日常的に焼いたり焙ったりして食べていた。

朝は食パンを餅焼の網にのせ、焼いて食べる。
下にした面は網目模様に焦げ目がつき、あまり焦げると炭の味がする。
パンの上になった面と中は、ほかほかと柔らかく、
下だけがカリリと特別の味である。
甘い。
昨今、テレビの中の人物が、何かを食せば必ず「甘い、柔らかい」と連発する。
甘味でないものに、簡単に「甘い甘い」とは、なんぞ。
自分はそんな間抜けな感想は漏らすまいと、心に誓っていたが、
味を語る機会がなかったから誓いが破られなかっただけで、
簡単に甘いと言っている。
甘いように感じるのだから仕方ない。


餅も焼く。
鮭も焼く。
鯵の干物も焼く。
芋も焼く。
このあたりは予想がつく程度に普通に旨い。

プロセスチーズを金串に刺して焙り、
とろとろになったところを食べるのはかなり旨い。
茄子を丸のまま焼いてから皮を剥き、醤油と鰹節で食べるのも相当旨い。
栗もそうだが、茄子は皮に切れ目を入れずに焼くと危ない。
途中で爆ぜるからである。

ある夏の日に火鉢で茄子を焼いていた。
火鉢は暖房器具ではなくて煮炊きの道具だから
夏でも火鉢なのだが、とにかく茄子を焼いていた。
遠い空で雷鳴が鳴っていた。
祖母は線香を火鉢の灰に立てて「桑原、桑原・・・」と唱えていた。
これは雷が落ちないおまじないである。

段々に雷鳴が近づいてきて、稲光と雷鳴の間隔が詰まってくる。
私と妹は青いタオルケットを頭から被って用心していた。
雷はガラガラと猛烈に鳴っている。
これは、そろそろ落ちる気配だ。
先だっては、お向かい家の近くに落雷があり、
電線を伝って家の中に入り込み、テレビの上にあった新聞紙を
焼いたという。

まじないで落ちないとは思うが、安心できない。
と、耳をつんざく大音声の落雷と茄子の爆発が同時に起こった。
どの茄子だかに、切れ目が入れられていなかったのだ。

私と妹はタオルケットの中、青い世界で気を失わんばかりであった。
恐怖に震えた。
子供なので衝撃が大きかったせいか、いつまでもそのことを憶えている。
其の後、かなりの間、茄子を焼かなかった。

其の七十二
十分にご注意ください

其の七十一
一本木

其の七十
ダイヤと法灯

バックナンバーINDEXを見る
前を見る 次を見る
| 著作権について | このページのトップへ | 茶柱横町入口へ |