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其の九

化かす

狸、狐は人を化かす。
川獺、鼬も人を化かす。
鼬はね。笑うんだ。
田んぼの一本道の向こうにいて、笑うからすぐに鼬だとわかる。
笑うのが一番怖いのだ。

あと、鷺だね。
鷺も人を化かす。
鳥の仲間の鷺。
白くて川や沼、田んぼに飛んでくる大きな鳥。
鷺も人を化かすんだよ。
人を化かす動物についての注意事項を祖母から聞いた。

そのうちに「詐欺師」という言葉を知った。
しかし、詐欺と鷺は似ているけれども駄洒落ではなくて
別物でちゃんと化かすのであろうということは、なんとなくわかっていた。
残念だが、どの動物からもまだ化かされたことがない。

地蔵

道を歩いているとき、祖母が軽い会釈をすることがある。
誰とすれ違っているのでもなく、道の向こうに誰かいるわけでもない。
道端の小さな祠の中に鎮座する神様や仏様に挨拶をしているのだ。
買い物に行く道すがら、自動車の走る大きな通りでも、
通りの反対側にある不動明王にいつも挨拶をしていた。
地蔵にも挨拶をする。

地蔵菩薩は柔和なお顔であるけれども、
地獄の閻魔大王と懇意だという。
地獄で何かいい目が見られるかもしれない。
祖母に聞いてみた。
「死んだら地獄に行くようなことをしたの?」
「したね」
「では、地蔵さんによく頼んでおくといいね」
「そうだね」

小刀

家にほとんどいない父であるが、たまに居ても
やっかいなことばかりであった。
嫌いとか好きとかではなくて、
子供心に縁が薄いと理解していた。
その父があるとき、私に小刀を買ってきた。
柄もついていない、鋼を打ちだしただけの鈍い色をした細身の小刀。
本物の刃物である。
鍛冶屋の手ぬぐいにまかれ、名も入れてあった。
中学生の娘に銘の入った小刀を贈るとは、なかなかのセンスではないか。
私はこのお土産が気に入り、父を少し見直した。

この小刀を使って月光菩薩を彫ろうと思った。
途中で左手の親指と人差し指の間を大きく切り割る怪我をした。
次に蒲鉾板に地蔵を彫った。
こちらはなかなかに良い出来栄えであった。
その顔を見る度に、祖母が地獄で助けてもらえていると勝手に感謝している。

其の三十八
太田道灌

其の三十七
子 供

其の三十六
御小遣い

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