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其の七 電話ボックス
動物を飼育してはいけないマンションに住んでいる。
それだのに、犬と猫を飼っている。
猫は何をするでもないから支障ないだろうと勝手に判断しているが、
犬は外へ連れ出す習慣をつけていたため、散歩に行かねばならない。
雨でも雪でも嵐でも、病気でも残業でも。
深夜にひと目を憚って外に連れ出すのだが、これは苦行に近い。
面倒なので周辺を一回りするだけで帰ってきてしまう。
犬連れなので一人歩きではないが深夜に歩いていると、
怖い気分がむくむくと膨らむ。
なんでもないものが怖く見える。
自分でも臆病なものだと思うが、真に臆病ならなんとか事情を遣り繰りして
わざわざこんな夜中に出歩くことはしないだろう。
寂しさの間隔を計ったように街灯が並ぶ。
その日も霧のような雨が降る中に、電話ボックスが煌々と明るい。
歩いて近づいていくといつもより、幾分、中が白く見える。
白いだけではなく、よく見ると所々が黒い。
白いのはワイシャツのようだ。
黒いのはズボンのようだ。
ズボンだけじゃない、髪の毛も目玉も黒い。
しかし、それは一人じゃない。
いったい何人いるのだか数えきれない。
湯気で曇った面には、
もじゃもじゃと髪の毛が押し付けられているのが見えた。
どれかの目玉と目が合う前に飛びのいて通り過ぎた。
箱一杯に白と黒がうねうねとしている。
私は白魚のことを考えた。
透明な白い小さな魚。
喰われる前の姿をのぞきこむと、つるつると動き回る透明な体。
目玉だけがはっきりと黒い。
からまるでもなく、静かに勢いよく動き回る。
深夜の電話ボックスに白魚がたくさん詰め込まれている。
臆病なのでそんなことは認めない。
そ知らぬ顔で犬を連れて通りすぎ、一巡りして帰ってきた。
帰り道にそっと目をやると電話ボックスは空っぽで明るい、
いつもの小部屋だった。 |
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