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第91稿 消えた、ゴキブリ

 何故であろうか、ゴキブリが自分めがけて飛んでくると大概の人は喚き叫び恐怖の世界に陥る。身をかがめ、その場から逃げる。以前は、北海道にはゴキブリは生息していなかった。と、聞く。今では、見かけると言うことを随分前に聞いたことがある。果たしてその真偽を知るよしも無い。しかし誰しもが、新聞紙を丸め振りかざし追いかけ手元の雑誌を投げつける。生身のゴキブリにとっては、人間以上の恐怖をおぼえる事には間違いない。
 他所様のお家では知らぬ事、我が家のことである。今年の夏は、例年よりゴキブリが多く出現していた。「していた」、今となっては過去形である。

 台所と風呂、洗面の排水は同じ会所枡に集まる。そこを中心に彼方此方にゴキブリが生息している様である。ある日、ヒキガエルがやって来た。此処では「ヒキガエル」と呼ばず「彼」と呼ぶことにする。



 彼の1日は、どこから始まるのであろうか。朝日が上がる頃には「寝屋」に陣取っている。座禅の如く、微動だにせず一点を見据えてひたすら踞っている。歴代の禅宗坊主も足元に近寄れない雰囲気を漂わしている。
 そして夕刻も過ぎ、9時頃に台所勝手口会所枡当たりに姿を現す。早ければ12時頃、遅くても朝方5時頃に寝屋に帰って行く。足取りはしっかりと地面を踏みしめ歩んでいく。飛びはするが彼の身長より短い距離である。
 勝手口に陣取った彼はまたも餌食となるゴキブリが近づくのをひたすら待つ。指先で突いても逃げはしない。威嚇で有ろう、突いた反対を膨らます。更に突くと、空気の抜ける音と共に縮まる。頭を突くともうこれ以上伸び上がれませんとばかり体を持ち上げる。おもしろいので、二度三度繰り返すとさすがに厭がって場所を移動する。移動と言っても場所は変わらない。斯くして、ひたすら餌となるゴキブリが目の前に来るのを待っている。

 彼が現れて、10日もせぬ内にゴキブリはその姿の大半を消してしまった。皆無では無い、からなず1匹2匹はウロウロはしている。安全な、屋内に逃げたのでは無い。屋内のゴキブリも姿を消している。幾夜か過ぎ気が付いた。
 毎年8月も終わりの頃から、コウロギ、鈴虫、キリギリスはうるさいほど彼の居る中庭にて夜な夜な鳴いていた。それらの虫の音も無い。どうも彼の胃袋に収まっている様である。彼の生活圏以外では、虫たちは秋の訪れにいつもと変わらず鳴いている。
 直に、虫と共に彼も姿を消すであろう。秋は短い。
大門 合掌

―第118稿―
「張暑飽閉」の「春夏秋冬」

―第117稿―
春のお便り

―第116稿―
「正月」と「障月」

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