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道草其の十六
父の郷へ

父の郷(さと)は
また
僕が幼年の頃
父に連れられて遊んだ郷でもある

和歌山県白浜町
熊野古道がすぐ傍をとおる
海と川と山と空
まるで
世界がそれらだけで作られているようなその郷に
父の十三回忌を弔うために
入った

秋とはいえ
夏日のような日差しが指す十月の末
建立三百五十年の寺にある墓は
しばらく訪れる者もなく
まずは草むしり

花をいけ水をかけ
線香に火をつける

住職の読経の声が
山裾(すそ)に響く

幼年の頃
賑やかな大阪の町から
この静かな郷へ
年に数度は連れてこられた僕にとって
ここは
一般的に人が言う
いわゆる『田舎』や『郷里』というような場所ではなく
海の香(か)、山の香、川の香が入り交じる
都市的なものと似ても似つかぬ異境

ここで僕は
夜の暗さ
明かりの儚(はかな)さ
海と川の音
風が木々の葉を揺らす音
そして
寂しさと哀しさを
おぼえた

父にそのような意図が
あったかどうかは定かではないが
郷に一緒にはいったものの
僕をほったらかしにして
海遊び山遊びをしていた父が
僕をそのように育てたのだろう
父にとって
この郷はどんなものであったのか

気がつけば読経は終わっており
我に返った僕は
住職に3年後に訪なう約束をして
郷を去った

帰りの機中から見える
夜の郷は暗く
小さな明かりと明かりの間が
とても遠く感じられた

<じゅんぺい>

道草其の四十
『みらい -17-』
突然スクリーンが暗くなり

道草其の三十九
『みらい -16-』
向こうは朝で こっちは夜?

道草其の三十八
『みらい -15-』
潜水艇はゆっくりと上昇すると

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