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第五回
その男、プロ。

夏の暑い日に誕生した茶柱横町にはじめての冬がきました。
近くの小さな森では一面に敷き詰められた落葉が歩く度にカサカサとなり、それはまるで冬の絨毯という感じで、散歩を楽しむ僕の足下に続きます。氷の張る池には遠い異国からやってきた様々な鴨の仲間たちが、その美しい姿を泳がせて、目を楽しませてくれます。 散歩から帰って来た横町では、年末の大掃除がすみ新年を迎える準備が進められています。 窓という窓はきれいに拭かれ、風に運ばれて来た落葉は掃き集められ小さな焚き火が始まりました。串にさされ焼きはじめられた芋の匂いに誘われたのか近所の子供たちが横町にやってくると、そこには1人の男の人が今まさに横町の1つの家に入ろうと、扉を開けた所…… (扉を開けたその先は、時空を越えて、1980年代中頃の兵庫県のとある楽器屋の2階)

ミキシングコンソールの前に置かれた小さなテーブルの上にドラムマシンを載せて、マシン上のパッドを両手の指先で叩きながら大森さんがドラムパターンの打ち込みをしている。 僕はその横で大森さんの打ち込む姿を見ながら、打ち込まれてゆくパターンがつくりだすドラムのビートを聞いている。
「ほら、ここ、ここで、こういったら、ほら、タメができるやろ。バスドラがこうきて、スネアがこう、 ハイハットが、どう、こんな感じで」
 ミキシングコンソールのつまみを当楽器屋およびレンタルスタジオのマスターであるI氏が右手の親指と人指し指に挟んでまわしながら、ドラムの音色にエコーマシンでエフェクトをかけてゆく。落ちそうな灰をつけた煙草を左手の人指し指と中指の間に挟んで。 ドラムの音は空間的な響きを帯びて、それはどこかの音楽ホールで響いている実際のドラムの音を聞いている感じになってゆく。
「ええがなー」 僕は思わず声をあげる。

プロのジャズドラマーである大森さんにとってリズムマシンは、まるで子供があそぶ玩具のようだ。喜びの感情を全身から立ち上らせながら、嬉々として戯れるその姿は、こちらの心まで楽しく喜びに満ち溢れさせてくれる。

当時僕は、デザイン事務所に勤めながら週末は必ずこのスタジオにやって来ていた。金曜日の夜から土曜日いっぱい、そして日曜日の夕方迄という時間をフルに音楽だけに費やして、バンドの練習やシンセサイザーによる音色作りをしていた。
 バンドは5人編成で、アマチュアながらオリジナル曲をつくり、仲間のバンドたちとオムニバスアルバムをリリースしたり、大阪や兵庫のライブハウスでライブ演奏をしていた。

そんなある日、バンドリーダーのI君が大森さんをスタジオに招待した。 プロのジャズドラマーというだけで、自身のアマチュアの演奏の不備やヘタクソさを指摘される気がして、僕は内心ビクビクしていたのだと思う。
 ところが目の前に現れた実際の大森さんは、そんな僕の小心をものの見事に吹き飛ばすかのような、ラテン系の明るいノリの気さくな兄貴であった。
 気がつけばまるでずっと前からの友達であったかのように、楽しく話し合っている僕がいて、スタジオマスターのI氏同様、その造詣の深さと自分より若い人間の話をきちんと聞き、同じ目線でこちらに向き合うその姿勢に僕はいっぺんに大森ファンになってしまった。

実際にプロとして叩いているドラムを間近で聞き、また共に演奏する機会を大森さんに与えてもらい、僕はその経験が僕に与える経験値の大きさに興奮した。
 何よりも音楽の素晴しさや楽しさを、そしてプロの厳しさや激しさや正確さを、そしてプロとしての言葉にはできないような姿勢を、僕は学んだのではないだろうか。

そして遊ぶ事を通じて世界を読み解いてゆける生来の無邪気さ―。

そんな大森さんがリズムマシンに打ち込むパターンは、マシンの機能を最大限に引き出したビートを僕やバンド仲間の鼓膜に送り込んだのだ。

K君のフレットレスベースが奏でる、うねるベースラインが重なり、ドラムパターンとともにリズムセクションを作ってゆく。そこにM君のエレクトリックマンドリンが、ミニマルミュージックのような美しいメロディラインの反復を重ね始め、続いてNさんのキーボードが、不思議な和音を奏で始める。
いくつものエフェクターに接続した僕のギターの音色がそれらの音に"浩かぶさってゆく。そしてI君のボーカルがはじまり……

「それじゃ大森さん、また。」大森さんの部屋を出た僕は茶柱横町にいて、この時代のこの空気を吸っている。冬の星が夜空に輝いている。2006年、新しい年が始まろうとしている。

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