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第三回
触(さわ)れる音を出す男
―小幡 亨 The Live『細胞からの音に出会う瞬間』(at 東京オペラシティ近江楽堂、10月28日)―

ライブが始まる前の数時間を使って現代的な建築物である、
東京オペラシティの都市空間を彷徨うように歩いた。
適度な人の密度の中を僕はなるたけゆっくりと歩いた。

全てにわたって明るいベージュで統一された空間は、
設計者が意図したであろう「やすらぎ」や「優しさ」というものからかけ離れた、
こころに何かを強要する、
いやその反対で何かを静止させる働きのようなものを感じた。
人工美はいつも何かが欠落している、と思う。
自然というものが持つ複雑さをついに人は学ばないのか、などと呟きたくなる。
数時間でこれだ、一日居たら、それは悲鳴になるのではないか。

どれだけの時間を費やそうと人工の素材は、何も語り出さない。
いや、そうではない、
これは沈黙に似ているがモノローグの合唱なんだ、
うるさいほどの人工物のモノローグの合唱。
そんなものに包み込まれた日には、
こころは行き場を失ってしまう。
建築家の感性はどこへ向かおうとしているのか。


人間以外が住めない空間の片隅に近江楽堂はあった。
玉子をたてて縦に二つに切る。
上半分をつかってできた小さなホール、という感じ。
天井部は十字にスリットが入れられ、
その上につけられた天窓から日の光が入る。
その下で、小幡 亨はもくもくと楽器のセッティングを続けていた。


セッティング風景(手前の男性はアシスタント氏)

無機質な空間にながくいてすっかり硬直してしまった僕の顔に笑みが戻る。
ケースから取り出された様々な楽器は、
まるで自然の一部のように、
その音色とは違う存在のダイアローグをはじめている。
子供のように、キャッキャッとはしゃぎだすこころを感じる。





小幡 亨氏の様々な打楽器達

そうか、小幡 亨はいつもこの楽器のダイアローグに囲まれているんだ。
そして、その楽器に触れる事で、楽器の歌声を導きだすんだな。

セッティングをひととおり終えて、小幡 亨はスティックを両手にもち、
床にすわり楽器をたたきだす。リハーサルのはじまりだ。
繊細に、大胆に、ゆるやかに、急速に。
小幡 亨はスティックで楽器に触れる。
小幡 亨に触れられた楽器が、歌い出す。
歌は音の玉になってホールの中を縦横無尽に動き回る。

色とりどりの音の玉が、あの壁からその壁へ
そしてホールの二方に配置されたブロンズ像のまわりをくるくるとまわって
僕のこころへ飛んでくる。
触ってごらんと僕のこころへ飛んでくる。

人間は無機質なものを平気で生み出すが
こころを殺すものを平気で生み出すが
小幡 亨は、そんなものとは違うものを生み出す。
AE荘 小幡 亨はたわわに実る果実のような触れる音を生む男なのだ。

うんうん、こころが踊ってる。
こころが踊ってる。

リハーサルは終わり、小幡 亨は控え室に消える。
まもなく都市の片隅で小幡 亨が
触(さわ)れる音達を生み出す時間が始まる。


小幡 亨氏

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