第五回　「永遠の旅人計画」と「楽園創造計画」

到着早々、港にたむろする「ぼったくり」トライシクルと一騒動あったものの、
翌日から、流しのトライシクルを拾っては、島をあちこち見て回った。

この旅の目的は、個人的なリタイヤメントプラン
「永遠の旅人計画」と「楽園創造計画」のロケハン。
そして、シミュレーションを兼ねていた。

自分の世代は、老後、年金収入が極端に減ることが容易に想像できる。
自由になるお金が少ないからと、家でじっとしていても、
精神的によくないし、早くぼけてしまいそうな気がする。
しかし、海外１カ所に移住し、その土地の日本人会に入り、
日本社会を同じように引きずりながら生きていくのも、
自分の美学と、ちょっとかけ離れている。

できることなら、ツーリストビザで滞在可能な
3ヶ月（国により増減あり）×3カ国＋日本3ヶ月＝1年1サイクルで、
お気に入りの場所4カ国を順番にロングステイできれば、
刺激もあっておもしろいかな……という「永遠の旅人計画」。
地域にうまくとけ込めたら楽しいだろうし、
駄目ならさっさと別の場所を探せばいい。

更に年齢を重ね、移動することが大変になってきた時、
うまくやれそうなオンリーワンを絞り込み、
ロングステイで培った地域との関わり合いを活かし、
すこしでも何か貢献しながら余生を過ごせたら
最高に幸せだろうな……という「楽園創造計画」。

この二つの計画を実現するため、年に数回、あちこちの国を訪ねている。
多少過酷な移動でも、まだ体力に余裕が残る40代の間に、
「物価は安いが、リスクも伴う楽園」を体感して
リタイアメント候補地のデータベースを更新している。

その土地が肌に合うか、合わないか。
海外生活を始めるのに一番大切な「相性」を感じ取ろうと、
本格的バックパッカーから見れば、ナマぬるいと思われるだろうが、
自分にとっては、いっぱい、いっぱいの冒険を探しながら旅している。
40代で始めたビンボー旅行初心者の私にとっては、これでも毎回が、
マゼランやマルコポーロのような気分なんだ。

そして、ちょっとした縁で足を運んだフィリピンの小さな島、シキホール島。
セブやマニラのような都会なら、危険な所は避けて通るため、
二度と会うこともない「ぼったくりトライシクル」だが、
小さな島の1本道だと、どうしてもそこを通らずには、先へ進めない。

翌日、同じ場所を通ると、同じようにたむろしていた。
それどころか、私の姿を見つけると、「ピーピー」とクラクションを鳴らし
友達かのように、私の名前を呼んで手を振ってくるじゃないか。

（1）まず、名前を覚えていることに感心する。
（2）次に、昨日乗せたから、今日は友達！と言う感覚でいることに驚く。

気分はどうだい？なんて、普通に聞いてくる。
そう言われたら、こちらも悪い気がしなくて、
なんとなく友達なのかなと、錯覚してしまう。
都市部で同じ事があっても、
ぼられるだけの不愉快な思い出で終わってしまうのに、
フィリピンの田舎とは、不思議な空間だ。
その後、奴のトライシクルに乗ることはなかったが、
すれ違うたびに、クラクションを鳴らし、手を振り、声をかけられた。

そして、島を離れる日。
奴が相変わらず埠頭で客待ちをしていた。
こちらを見つけると
「今日帰るのか。次はいつくるんだ」
と、話しかけてきた。
初日以来、奴のトライシクルには乗らなかったのに
いつも同じテンションで話しかけてきた。
これがビジネストークなら、奴は相当プロフェッショナルなドライバーだ。
しかし、単に「田舎の純朴な奴」なのかもしれないと、思った。
ぼったくりでさえ、憎めないのがシキホール島なのか……と
感慨深くこの旅の出来事にひたりながら、船の到着を待った。

.......普通の国なら、話はここで終わる。
しかし、そこはフィリピンだった。
定刻から30分過ぎても、船は来ない。
突然、チケット売りの女性が「今日は欠航」と言うと、
カウンターの扉を締め、太い鎖に大きな南京錠をかけ、さっさと帰っていった。

ぼったくりドライバーが、こっちを見て笑っている。
しかし、カモにする気はないらしい。私を乗せると面倒だ。
私は乗り合い軽トラックの「ジプニー」へ乗り込み、出発を待った。
満席になるまで出発しない気らしい。
ぼったくりドライバーは、「また明日」といって、
空車のまま、どこかへ消えていった。
ジプニーも、ようやく一部の座席を空けたまま、
走り出し、埠頭から市場へと向かった。

翌日、フェリー乗り場に、奴の姿はなかった。
きっとカモになるお客を乗せて走っているに違いない。
次回、シキホール島を訪れ、奴を見つけたら
また、適正価格で交渉しながら、奴のトライシクルに乗ってみたいと思った。