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003 うそぶく人、疑う僕



男を待つ間、もう一杯チャイを頼み、一服する。

「お前がヴァラナシ行きのチケットを欲しがっている日本人か?」

10分ほどしてやってきたのは、ずんぐりむっくりした男。
どうやらこの男がヴァラナシまで行く手伝いをしてくれるらしい。
付いて行くと、小さな事務所に着いた。

「ここだ。」

Government Officeと書かれている。

(政府の建物が、こんなにこじんまりしているものなのか?)

と、さっそく疑う。
疑いながらも、とりあえずは話を聞くことにして、建物に入る。
さっぱりとしたオフィスだ。
不必要なものがあまりない。
部屋の隅に観葉植物がある程度で、
あとはオフィステーブルが並んでいて閑散としている。

四角く区切られたブースが二つあって、
その内の一つに入るよう指示される。
ずいぶんと豪華な造りの、椅子に座る。
目の前にカウンターがあって、パソコンが置いてある。
カウンターの向こうには
さっきとは別の、太った親父が座っている。
唐突に、一方的に喋りだす。

「ヴァラナシに行きたいんだってな。
調べるけど、多分空いてないぞ。
基本的に、当日は無理だ。
調べるから、ちょっと待ってろよ。」

かたかたとキーボードを叩き、待つ事ほんの30秒ほど…

「やっぱり行けないな。
 この先一週間のデリー発の電車は全部埋まってる。」

「ええっ」

「見てみろ。」

「…。」

本当に埋まっている。
違う列車のクラスを見ても、すべて埋まっている。
唯一、最低クラスの席だけが空いているが、
およそ20時間かけて電車で移動するのに座席に座りっぱなしは辛い。
ヴァラナシはデリーからは600kmもあるのだ。
だから寝台列車で向かうつもりだった。

いくら求めているチケットが取れないと言っても、
この距離を座席車で、というのはあまりに不安である。
何があるかわからないし、
警戒しようにも集中力が持たないだろう。
まず、この席でヴァラナシまで行くことはない、と即座に判断する。

この時から、ぼくはこのインド人を疑い始める。
悪徳業者なのではないか、と。
このパソコンの画面は偽者の画面なのではないか。
周りにいる、このスタッフ達は詐欺集団なのではないか。
予感めいたものではあったのだけれど。

なぜなら様々なところで耳にするからだ。

〔デリーでは政府の者だと偽るインド人に騙されて、
高額なツアーを組まされる事件が多発しています。〕

こういうフレーズを。

「他に、行く方法はあるか?」

と、聞く。

「あるには、ある。
 裏道のような列車の使い方をするんだ。
 まあ、現地の人間じゃないとわからないやり方だがな。」

彼は、トゥンドラという駅で
ヴァラナシ行きの乗車チケットを予約し、
そこまでは車で向かう方法を採るのだと言う。

トゥンドラはデリーより東南の方角にある小さな村。
走ってくる電車が南からの為、
圧倒的に人口の多いデリーからよりも
電車の確保がしやすいのだそうだ。

「いくらする?」

「3500ルピーだ。」

(高い!!!高すぎるだろう…。)

ぼくが乗ろうと思っていたのは
2nd Sleeper Classという寝台列車のクラス。
座席、寝台は全部で10段階ほどある。
そのクラスの中で中級クラスのチケットだ。
デリー・ヴァラナシ間であれば、
およそ1000ルピーもあれば行ける値段である。

それが約三倍もの値段になるということだ…

ぼくは即答する。

「ないよ。
ありえない、この値段は!」

「何故?  説明してやろう。
 まずうちの者がお前を乗せて、トゥンドラまで車で行くんだ。
 だが、このリストを見ると、
 トゥンドラからのチケットは明日以降しか空いていないから
 途中のアグラで一泊する。
 そのあと、トゥンドラに行くんだ。
 アグラでのホテル代も含んでるし、
 わざわざお前に一人スタッフをつけて車で行くんだ。
 この値段は妥当だろう?
 ついでにアグラでの観光ガイドもつけてやるから。
 これに決めちまいな。」 

「観光もいらない。
 ホテルも自分でどうにか探す。
 値段は下がらないのか?」

「こういうプランで、俺達が鉄道会社から
 確保しているチケット枠だからな…
 そうだな…
 値段はせいぜい…負けて3400ルピーだな。」

「そうか…もういい。
 自分でチケットを探すことにする。」

そう言い捨て、さっさと事務所を出る。
親父が追いかけてきて何か言っているが、
もはやその段階では完全に信用できなくなっていたので、
完全に無視する。

どこへ向かおうかを考え、
思いついたのは駅である。
車掌なり、頼りになる誰かがいるだろう。

そう考えた次の瞬間には
リクシャーを掴まえて乗り込んでいた。

「デリー駅まで。
 10ルピーで頼むよ。」

そいつはインド人お得意のハンドサインで返事をした。

(珍しくこちらが提示した金額で通ったな…
 現地価格が、それくらいか。
 それにしても、朝からひどく疲れた…
 紹介してもらったから信用できると思ったんだけど…)

リクシャーが走り始めた。
古いリクシャーだったようで、
親父はなかなか回らない車輪の為に
立ち漕ぎをはじめた。

(疑ったのはおかしかったか…?
 いや…怪しいところが多すぎる…
 正規の政府直営の事務所が、
 頼んでもいないのに…
 わざわざガイド付きで車を出して
 ホテルまで用意することがありえるか?)

いろいろ考える。
事務所でのスタッフの態度や
見せてもらった身分証明書を思いだしてみる。
しかし、そもそも本物か偽者かの区別なんてつくわけがない。

(ああ、わからないな。  とりあえず駅で、聞いてみよう。)

振り返ると、スタッフの親父は道路に立って手招きをしている。
そんな親父を無視して、僕は前を向いた。



そこから10分少々で駅に着く。
人が多い…

列車の時間までの待ち時間が長すぎるのか、
地べたに寝転んでいる人が結構いる。
枕や布団まで使っている人もいる。
結構気持ち良さそうだ。
ところどころでチャイ屋や、菓子売りなんかも見かける。

(駅前は活気があるなあ…)

ゆっくりもしていられないので
さっそく誰か駅員らしき人を見つけて話を聞く。
しばらく話をしていると、

(さっきの事務所はやはり偽者だったのではないか…)

という思いに、どんどん確信が持ててくる。

駅員のおじさんは愛想良く答えてくれて、
束の間ではあるが、癒される。

(いい人だったなあ…)

と後々になっても思わせるほど親切だった。
忙しそうなのに、地図まで書いて
“本当のオフィス”の場所を教えてくれた。

(さて、これなら大丈夫そうだ…!)

安心と同時に元気も出てきて、歩いていくことを決める。
(この距離なら歩いていくか。)

15分ほど歩いてコンノートプレイスというデリーの商店街に着く。
珍しい円形の形をした公園の地下に、
円形の商店街がぎっしり並んでいるのだ。

もらった地図に書かれていたのは
そのコンノートプレイス近くにある、こちらも小さな事務所。

扉をくぐると、先ほどの事務所よりもいい雰囲気が漂っている。
外国人が何人か居て、活気があるのだ。
少しほっとする。

整理件をもらい、
呼ばれた席について、
スタッフに話をする。

「…というわけなんだ。
 なんとかならないかな。」

「…わかった。
 こちらでも一応、調べてみたが満席みたいだな。
 ここじゃうまいことチケットが取れない。
 こういうケースに対して抜け道を知っているやつらがいる。
 そこへ紹介しよう。」

ということで、通りへ出て、
リクシャーを掴まえ、そこへ向かう事になる。

(よかった。
 なんとかなりそうじゃんか。)

ところが、そのコンノートプレイスの事務所から
リクシャーで5分もした頃だろうか。

(…。)

(…。ここって、さっき通らなかったか…?)

厭な予感を胸の内に抱えつつ、
リクシャーが進むままに任せていると
着いたのは結局さっきの、最初の事務所だった。

(おいおいおいおい。
 ちょっと待ってくれよ!!!)

「Welcome Back!!」

振り向くと、そこにはさっきの太った親父のスタッフがいた。

(最悪だな…)

「これで俺達が本物ってことが分かっただろ?」

「…。」

何も言う気にならない…
というより、言葉が浮かんで来ない…

その後は、もう成すがまま。

日は暮れ始めていたし、これ以上時間を無駄に費やしたくない。
限られたインドでの滞在時間を金で買う、
という思考に切り替える他にない、と判断したのだ。

説明を受け、サインをし、チケットを押さえてもらい、
金を払うと、すぐ出発することになった。

最悪な気分のまま…



足を引きずるようにして外へ出る。
するとさっき、ここまで運んでくれたリクシャーの親父が立っていた。

「…。」

じっとこちらを見つめて、両手を出したそうにしている。

(チップを、と言いたいのか。)

この運転手は、さっきの事務所を出発する時に
そこのスタッフから所定の金額をもらっているのだ。 おそらく事務所の専属か、お得意の運転手なのだろう。

ぼくは運転手に一瞥をくれてやり、用意された車に乗り込む。

「早く出してくれ。」

無感情を装っていたが、恐らく怒りが滲み出ていただろう。
運転手も無言で車を出す。

「ここからアグラまでどれくらいかかる?」

「ざっと5〜6時間だ。」

「…。」

(短くとも5時間はこの車の中か…)

「よろしくな。」

「…よろしく。」

「俺はシンってんだ。
 英語で男のことをMr.っていうだろ?
 くっつけてミスタルシンって呼んでくれよ!」

「…。」

(だから、なんでお前らは…
 こういう時にそんなにテンションが高いんだよ…!!)


車が走り出す。

車内はとても静か。

以外と、エンジン音がうるさくない。

ふと、何かが気になって、事務所の方を振り向く。

チップを欲しそうにしていたリクシャーの運転手が、
とぼとぼと通りを、リクシャーを押しながら歩いている
と、進むのをやめ、ふと顔を上げてこちらを見る。
その瞬間。
目があったような気がした。

その目は、とても悲しそうな色をしていた。

005
『アグラ、幻、シルエット』
-その2-

004
『アグラ、幻、シルエット』
-その1-

003
うそぶく人、疑う僕

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