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002 夜が明けて

翌朝は、とても綺麗な朝日が出ていた。
日本の朝日は幻想的だが、
インドの太陽は力強く、その光は朝一番から町々を貫く。
そうして改めて、異国の地、インドに来たことを意識する。

ホテルの外に出ると、
ちょうどチャイ屋があったので、朝食を取ることにする。

朝の、一杯のチャイ。
これがとても美味しい。

チャイというと、日本では普通の紅茶としてカフェなどで飲むことができる。
しかし本来、チャイというのは英訳ではダストティーと呼ばれ、
市販されているニルギリやダージリンの
精製過程で生まれたクズで作られたもの。
そのため、非常に安価で、日本円にして一杯1〜5円で売られている。
価格は、売られている器のサイズによって変わる。
素焼きのカップが、その器であるが、それがまた非常に良い。
ごてごての手作り感が溢れる器。

そのチャイを飲みながら、朝日を眺め、菓子パンをかじり、煙草をふかす。
しみじみと感じる、緩やかな時間の流れが愉しい。

そうして一人、心地よく呆けていると、隣に一人の男が腰を降ろした。



基本的に、往来で話しかけてくるインド人以外は良い人達ばかり、
という話を聞いたことがある。

それと、昨日のようなことがあってか、誰かまともなインド人と話したい、
という欲求が相まって、話しかけてみる。

「おはよう。」

「やあ、おはよう。いい天気だ。」

「インドの朝日は最高だね。」

「そうかい、ありがとう。
 きみは日本人だね?きっと。」

「そう。
 よく韓国人と間違えなかったね。」

「まあね。」

「これから仕事に行くところ?」

「いや、これからデリー空港までいくんだ。
 日本に帰るんだよ。」

「帰る? 日本に住んでいるのか?」

「いや、そうじゃない。日本の…」

といって、名刺を渡される。
そこには、Curry shopと書かれている。

「日本でカレー屋を経営してるのか!
 すごいね。」

見たところ、僕とそんなに変わらない年齢に見える。
24,5歳といったところか。

(野心家だなあ…)

と感心していると、

「ちょっと待ってて。」

そう言って、どこかへ走っていってしまった。

暫くして、戻ってきた彼の両手にはチャイがあった。

「一緒に飲もう」

ありがたく受け取り、お礼を言う。

そこから会話が弾み、昨日の出来事を話すことになる。
すると、彼は突然、詫び始めた。

すまない、大変申し訳ないことをした、と。

「きみが謝ることじゃない。
 そのインド人が悪いんだ。」

「いや、ここはぼくの故郷なんだよ。
 わざわざそこへ来てくれた人をそんな目に合わせたのは、
 紛れもなく僕らインド人の誰かなんだ。」

「そうだけど…」

「いくらだ?」

「え?」

「いくら騙し取られた?」

「正確な金額はわからないけれども…」

(まさか、彼は代理で払う、なんて言い始めはしないだろうか。)

と思いつつ大体の金額、総じて5000円くらいだと伝えると、
とても困った顔をし始める。

「きみがそんなに責任を感じることじゃないんだよ。
 そもそも僕がここに来る前に、
 ホテルの予約をしていなかったのが災いの元でもあるんだ。」

「…。
 …そうだ!
 日本へ帰ったらさ、僕の店へおいでよ。
 ご馳走するよ。」

(優しいインド人もいるものだ…)

と、これには非常に温かみを感じて、
ありがたくその優しさを受け取ることにした。

「おお!
 行くよ!
 日本で会えるのを楽しみにしてるよ。」



「ところで、お前はこれからどこへ行くんだ?」

「これから東のヴァラナシに向かおうと思ってる。
 まあ、まだ電車のチケットも取ってないんだけどね。」

「チケットを押さえていないのか!」

そう言うと彼は、その辺をうろうろし始め、
何かを迷っている様子。

しばらくして、さっと携帯を取り出し、
誰かに電話し始めた。

何を言っているのか、まるでわからないが、
その雰囲気、様子は必死。

何かを頼みこむような仕草。

話し終えた彼は、妙に晴れ晴れとした表情でこちらを向いて

「ばっちりだ。
 俺はもう行くけど、ちょっとここで待っててくれ。」

なんだ?
意味がわからない、と彼に聞く。

「いや、チケット手配を手伝ってくれるやつをここに呼んだんだ。
 せめてもの償い、というか。
 まあ、ヴァラナシで良い時間を過ごせるといいな。」

これから、地球の歩き方で一から調べて動こうと思っていた、
僕にとってはなんともありがたい話。

「せめて電話する前に断りくらい入れてくれたらよかったのに!
 そしてやっぱり、きみが償う話ではないと思うんだけど…
 でも、ありがとう。
 そうだね。
 良い旅にしてくるよ。
 本当にありがとう。」


ふと、思う。

インド人は、例えば日本で感じるような
会話の壁、敷居のようなものがとても低い。
どうしてだろう。

「じゃあ、また、どこかで!」

彼らには、良くも悪くも活力に満ちているように思う。
それも、外側へ向かって働く類の活力が。

「うん、また!」

きっと、そうしたものを育む何かが、この国にはあって、
そこでは、多くの日本人が持つ、
内輪のコミュニティ精神のようなものが
除外されているのだと思う。

かれらは、そうした意味でとても新鮮である。
当然の話だが、インド人の皆が皆、
昨日のようなやつらばかりではないのだ。

心に余裕を持たなければいけないなあ、と思う。
そうでなければ見えるはずのものも見えてはこない。
見えないものも感じることが出来ない。
限られた時間の中、
それによって得られるものの多さも純度も変わってくるはずだ。

空は天高く、快晴。
朝日が、建設中のビルの間から差し込んでいる。

005
『アグラ、幻、シルエット』
-その2-

004
『アグラ、幻、シルエット』
-その1-

003
うそぶく人、疑う僕

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