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第4回:「Cizinko!」


ブルノから電車で北上したところにあるスカンゼン(自然公園)にあるイースターのお祭り。
春になるとそのエリアの民族衣装を着て、春を祝う。


チェコ語を勉強していて、
いちばん学習者が悩まされるのが「格」というもの。

日本語だと「私は」「私を」と「てにをは」とよばれる助詞で
「私」が文のなかでどういう役割をしているのかを表す。

英語では「私」が主語になるときは「I」で、
目的語になって「私を」という意味合いにするときは
「me」と形を変えるのが少し似ている。

チェコ語はもっとそれが厳密だ。
7つの格がある。
「私」がどういう立場なのかによって、7つ形を変える。

「私が」「私の」「私に」「私を」「私よ!」
「(前置詞につく)」「私によって」
というのがその7つの意味だ。
(これをどう覚えるか、それだけで大変といわれるが
逆にこれだけおぼえたら、英語みたいに無限にイディオムや単語の数があるわけではないのでむしろゴールが見えていると、今なら思う)

さて、さきほどの7つのなかに「私よ!」という
一つだけびっくりマークがついているものがあったのに
気づいていただけただろうか。

「私よ!」。

使わない。たしかに。
この格は「呼格」とよばれ、何かをよびかけるときに使う。

わたしは「カジハラ」という姓だが、
「かじはらー!」と用事があって呼びかけたいときは、
「カジハロ!」 となる。

嘘みたいだが本当だ。

私が最初に「呼格」があると知ったとき、
そして使われているのを知ったときまず思ったのは、
「チェコ語だと何に向かっても声をかけられるんだ!」
ということだった。

「真実よ!」「机さん!」「てぶくろさん!」
「小指の爪!」「ナットウキナーゼ!」
なんでも呼べる。

前回の更新で、私がオストラヴァにいるころ、
同行していた友人は南ボヘミアをまわっていた。
そして、わたしたちは数日後にブルノという
チェコ第二の都市で待ち合わせていた。
合流してから、それぞれが一人で旅行していた間にどんなことがあったか、
いろいろ話をした。


ブルノといえば「遺伝」を発見したメンデルが住んでいた修道院がある。
いまはメンデル博物館だ。


友人の話でおぼえているのはこれだった。
バス停で困っていると、現地のおじさんが呼びかけてきたそうだ。
「Cizinko(ツィズィンコ)!」

「cizinka(ツィズィンカ)」は、
「外国人女性」とか「知らない女性」とかいう意味。
呼びかけると、ツィズィンコ!だ。

もちろんヨーロッパの中心チェコの地方都市では、
黒髪でモンゴロイドの私たちは「cizinka」にしか見えない。
友人が困っている姿を助けようとしてくれたおじさんが、
呼び止めるために使った単語にはもう文法が入っている。

呼格。

これを日本語にどう置き換えたらいいだろう。
「ガイジンのおじょうさん」くらいになるだろうか。
でも、日本語にしたときに入ってくる、微妙なニュアンスはまったくない。

ただおじさんは、名前を知らない、
あまり見かけないアジアからの若い女性の旅行者を呼び止めたかった。
その瞬間、なんの躊躇もなく、
呼びかけられるチェコの言葉があるのだった。


ブルノの街を郊外から。やはり赤い屋根。

第八回
Váoce:
クリスマス

第七回
Praha a Čechy:
プラハとボヘミア

第六回
Hezkou zábavu!:
お楽しみください!

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