茶柱横町 茶柱横町入口へ
 
 
プロフィールを見る
次を見る

注意 この手紙は読んでから食べること。

第一回通信 はじめてのほん

黒やぎさん、こんにちは。
今日は少し、本の話がしたくてお手紙を書きました。
以前ひそかにお互いの妄想癖についてカミングアウトしあった私たちですが、
思えば、ひとりの作家との出会いが私を妄想のとりこにしたのでした。

その人の名は安房直子さん。
なかでも最初に夢中になったのは、「きつねの窓」というお話でした。

いつもの森に猟に出かけた「ぼく」は、
きつねを追っていくうちに見たこともない場所に迷い込み、
そこにぽつんと建っている一軒の染め物屋に入ります。
いらっしゃいませ、と声をかけてくれた男の子をよく見ると、
そのエプロンからは白いしっぽがのぞいていました。
男の子は、スカーフでもTシャツでもなく、
指をききょうで染めてくれると言うので、
「ぼく」はおずおずと両手を差し出しました。
すると、染めてもらった4つの指を教えられるまま
つなげてつくった窓に昔大好きだった、
そして今は決して会うことのできない少女の姿が浮かびあがり、
「ぼく」は息を飲むのです。

安房さんの物語ではいつもこんなふうに、
日々の暮らしのなかにふっと不思議が忍び込んできます。
お祭りの太鼓を練習したい男の子に
亀が秘密の時間をわけてくれる「誰も知らない時間」、
なわとびを100回跳ぶあいだだけ
オレンジ色の砂漠へ行くことができる「夕日の国」。

「いくらあこがれても、自分は冒険譚の主人公にはなれない」
幼いなりにそんな現実に気づきはじめていた当時の私にも、
飼い猫がある日突然とっておきのスープを作って私の帰りを待ってくれている、
なんていうぐらいの不思議なら起こり得そうだな、って
思わせてくれたのがこの本でした。

そういえば、この前、黒やぎさんと一緒にはじめて遊びに行った、茶柱横町。
あれも不思議な場所でしたね。 バスを降りて角を曲がったときから、
きっと、時空間がゆがんでしまったのでしょう。
気がつくと、どんな絵の具の色よりもあざやかな紅葉があたり一面に満ちていて、
落ち葉を踏む音が響くほどの静けさの中を、
ざくり、ざくりと歩いていくと、
時が止まっているかのようなあたたかみのお家のなかで、
見たこともない遊びに興じている人たちがいて……。
ああ、そういえば、あの家の屋根はききょう色じゃなかったでしょうか?

さてと、それでは今日はこのへんで。
ちなみに、黒やぎさんが最初に夢中になったのはどんな本ですか?
白やぎ拝



拝啓 白やぎさま
白やぎさんからのお手紙、おいしゅうございました。
一語一語をパリパリ噛みしめながら食べたことよ(のっけからなぜか詠嘆調)。
そしてこの前の茶柱横町、とっても楽しかったです。
どうもありがとう&ごちそうさま。

さて、白やぎさんに答えていわく。
私が子どもの頃夢中になった本は、
アレクサンドル・デュマの「三銃士」です。

フランス国王を護衛する銃士隊に憧れ、
ガスコーニュの片田舎からパリに出てきた青年ダルタニャンが、
「三銃士」と呼ばれる名物男3人と出会い、
さまざまにぶつかい合いながらも友情を育んでいくこのお話。
無限に広がる本の世界にドキドキワクワクしたのって、
この「三銃士」が最初じゃないかなぁ。
これがきっかけでいろんな物語世界に耽溺したあげく、
リアルと虚構の間をふらつく、ぼんやりした子どもに育ってしまった私。
いまだに妄想癖が治らないのは、「三銃士」のせいじゃなかろうか。

このお話には、個性的な登場人物がたくさん登場します。
無鉄砲な自信家だけど、聡明で勇敢な主人公ダルタニャン。
寡黙で陰気で偏屈、ワケありの過去を背負ったアトス。
厭世的な学者肌と見せかけて、実はしたたかな一面もあわせ持つアラミス。
短気で見栄っぱりだけど、義理人情に厚く豪快なポルトス。
美貌を武器に次々と謀略の網を張っていく女スパイ・ミレディも、
文句なしにかっこいい。
目的のためなら手段を選ばない、峰不二子も真っ青の魔性っぷりには、
子供心にぞくりとするような大人の色香を感じました。
そして忘れちゃいけないのが、「灰色の猊下」と呼ばれる腹黒宰相リシュリュー。
普段は狡猾な権謀術数家なんだけど、
ここぞという時には三銃士のことを認めてきちんと評価してくれるこの敵役は、
いたいけな子供だった私をまんまと「悪の魅力」に目覚めさせました。
私がアクの強い悪役に弱いのって、実はこのリシュリューが起源になってるのかも。

「三銃士」に出てくる人たちは、完璧さとはほど遠い。
しょうもない欠点や欲望を抱えながらも、日々を全力で生きています。
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」と縦横無尽に物語世界を
暴れ回る彼らを、子どもの頃の私はまるで自分の友達のように思っていました。

恋、友情、陰謀、冒険、主人公の成長と、
この世のあらゆるエンタテインメントがてんこ盛りになったストーリーは、
スピーディーかつ超ゴージャス。
白やぎさんも、気が向いたらぜひ読んでみてくださいましね。
ハンバーグとカレーとカツ丼を一気に食べた時のような、
これでもかっていうくらいの満腹感が味わえること間違いなし!
……って、何だか具合悪くなりそうだな。

草々頓首 黒やぎ

第七回通信
やぎの怖いモノ

第六回通信
年末年始事情

第五回通信
ここがヘンだよやぎの家

バックナンバーINDEX
次を見る
| 著作権について | このページのトップへ | back issueの入り口へ | 茶柱横町メイン入口へ |