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第七回 モンゴルの夏

北東アジアに位置する内陸国モンゴル。6月に入ると緯度の高いこの国にも草原を鮮やかに染める夏がやってくる。夏を待ちわびる人びとの最大の楽しみはモンゴル語で祭りを意味する「ナーダム」である。7月には全国でこの行事が催され、伝統の相撲、競馬、弓射競技が繰り広げられる。中でも首都ウランバートルには、この時期世界中から観客が訪れる。

■ナーダム点描

草原の国、モンゴル。地平線まで限りなく広がる大草原に立つとあたかも草の大海原に漕ぎ出したかのようだ。だが、モンゴルの夏ははかないほど短い。草原が鮮やかに新緑で輝き始めると、草の海ではあらゆる生態系が息づく。モンゴルの人びとの最大の楽しみがナーダムである。毎年7月11日、12日の革命記念日に開かれる、中心となる行事はモンゴル相撲、競馬、弓射の競技だ。地方の県や郡でも行われるが、首都ウランバートルでは全国から選抜された選手が競うので、応援も兼ねて国中から遊牧民たちが押し寄せる。このときばかりは平素閑散とも言える首都(人口100万人)の街も人と馬でごった返す。

モンゴル相撲は市の南部のセルベ川とトーラ川に囲まれた広大な公園内の国立競技場で行われる。大統領の開会宣言とともに地方から勝ち抜いてきた512人の選手が、東西に分かれ、一度に16組32人の選手が一発勝負の勝ち抜き戦を戦う。面白いのは相手を自由に選ぶ(選ばれる)ことで、双方合意の上で勝負することだ。断ることもできるが、過去の上位入賞者は有無を言わさず指名できる。土俵はないし、地面に手をついてもいいが、体が倒されたら負けである。現役横綱の朝青龍関(ウランバートル出身)は兄弟4人ともモンゴル相撲の強者でモンゴルで有名なスポーツエリート一家でもある。

モンゴル競馬は郊外の大草原一帯で行われるが、長距離レースで15キロから30キロの間で幾つかの種目に分かれる。スタート地点は見えないから観客はあちこちの草原や丘に陣取ってひたすら待つ。疾走する馬群が現れると草原にどよめきが伝わってくる。参加頭数は少なくても1,500頭、騎手はすべて6歳から12歳までの少年少女だ。馬の負担を軽くするためだが、幼いときから馬に親しむ遊牧民の美意識の表れでもあろう。しかしレースは過酷である。ゴールに入る前に倒れてそのまま死ぬ馬も少なくないし、駆け込んだ馬の体は全身からふきだした塩で真っ白だ。それに比べると弓射競技は地味である。的に矢を射るだけだから、さほどの興奮はないが、7,80メートル離れた的を直撃しようものなら(めったにないが)会場全体が盛り上がるろうというもの。

■遊牧民と馬


馬に乗せるとご機嫌だ

こうした競技やレースが終わると遊牧民たちは、遠路はるばるやってきた首都にとどまることなく、大草原のかなたの故郷をめざして馬首をめぐらしあっさりと消えていく。彼らの言葉で「ナーダムが終わると秋が始まる」のである。6月からの短い夏がナーダムで終わりを告げ、しばしの楽しみのあと、冬の支度に入るという遊牧民の季節感なのだ。

カラコルムで出遭った遊牧民の一家。子供たちは馬が遊び相手だ。親も馬と一緒ならまずは安心という。2歳になる男の子は地面の上ではむずかるが、馬に乗せるとピタリとおさまる。モンゴル遊牧民が幼いときから馬に関する知識と技術を獲得していくのを目の当たりにしたのだった。子供たちの手綱さばきは見事なもので、馬は自在に操られる。それでも親たちに言わせると、「きょうびの若いのは下手で困る」と嘆くことしきりだった。

陽が傾きだしたころ、草原では男の子たちが馬を駆って羊や牛を追っていた。先ほどまで他愛もなくふざけあっていた少年たちが、長い竹ざおを手に草原に散る家畜をまとめているのである。馬を縦横無尽に駆けさせ、逃げ惑う羊を一箇所に集め、家路(ゲル路か)につくためだ。その凛とした姿におもわずため息がもれた。一頭残さず集め終えて、さりげなく手を振りながら草原の彼方に去っていった少年たちのシルエットはいまも心に焼きついている。


まさに馬と乗り手が一体

■モンゴルの夜空、必見!

カラコルムは草原の真っ只中、どこに立っても周囲360度眺め渡すことができる。草原に点在するゲル群のひとつが今夜の宿である。夏とはいえ夜はかなり冷え込むので、ストーブにくべた薪のはぜる音を肴に一杯やるのもなかなかおつなもの。すっかり暮れるのが夜の10時過ぎ、いよいよモンゴルの夜空のスペクタクルが始まる時間だ。深更、ゲルを出ると中天はもとより、地平線まで星で埋め尽くされている驚異に圧倒される。標高1,500メートルの高地だけに、きらめく星座や銀河は手を伸ばせば届くようだ。隣のゲルの客人、ミュンヘンから来た老婦人と嘆声をあげつつこころゆくまで堪能した。カラコルムの夜は、旅人にとって最上の贅沢といっていい。

もうすぐモンゴルの夏がやってくる。


満点の星はこれから

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