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「そういう日の傾向と対策」の巻(1)

その日の傾向

たとえばこんな時。「そういう日だ」と妻が言う。

バスや電車で出かける外出先。最初に乗るときから始まって、
乗り換えるとき、帰宅の電車の乗るときまで、
ことごとく乗り継ぎがいい、あるいは悪い。

滑り込んできた電車に間一髪で間に合う、
あるいは乗り換えるべくホームに降りていくとドアが閉まるのが見える、
そんな時きまって彼女は言う。

「今日はそういう日だ」。

先日、別のコラムで「ものを拾う」傾向がしばらく続いたことについて書き、
そしてその「ものを拾う」という現象はいつまで続くのだろう? 
と疑問を投げかけて文章を終えた。

あれから2週間。
結論から言うと、その後何かを拾うことには今のところ遭遇していない。
ひょっとしてさらにそういうことが続くのか? 
とそれとなく歩きながら地面に注意を向けたりしてはいたけれど、
拾わなかった。
どうやら2〜3週間続いたそのキャンペーンは
4月の声を聞くと共に終了したらしい。

こんな風になんとなく「そういう傾向」が続く……そういうことがある。
この場合の「やたらものを拾う現象」は
2〜3週間と比較的長い期間だったけれど、
それよりももっと短い、
つまり「その日の傾向」というものもたしかにあるような気がするのだ。
それを妻の「今日はそういう日だ」
という言葉がよく象徴しているんじゃないか、と僕は思う。

交通機関でいうと乗り継ぎもそうだが、こういうこともある。
アナウンスに続いて入ってきた電車に乗り込む。
目指す駅はいつも同じなので「降車しやすい位置」を求めて
比較的短い5両編成の車両に乗り込むドアは毎朝だいたい決まっている。
で、乗ってみると。

・オッサンばっかり
・周りがベビーバギーの山
・乗って見回してみると可愛い女の子ばかり
・ドア前に立って進路をふさいでいる男子高校生をよけながら乗ると
 携帯スマホでゲームをしている青少年ばかり

……云々。で、ここが不思議なんだけど、
その日の朝に遭遇するこの「傾向」が
どうもその日一日持続してしまうように思えるのだ。

それが占星術における「星座の運行」によるものなのか、
あるいはその日の「気」の流れによるものなのか、
はたまた「天の配剤」によるものなのか、
僕にはそういったものを感じ取る能力があまりないのでよくわからない。

だからそういう「一日の傾向」が存在するかどうかすら確信はないんだけれど、
それでもなお妻が「今日はそういう日だ」
というようなことが経験則としてたしかにあるような気がする……
と、今回はそんなことから始まる考察です。
<つづく>

「ゆれる防衛本能」
(5)
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(4)
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(3)
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