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【短編小説】
「ハロー・イッツ・ミー」第四回

つき合って9年……か。マンネリ、っていうの? 
タカシと出会ったのは阪神ファンの女友達ツボイと
神宮へ野球観戦に行った帰りの居酒屋。
ぐうぜんツボイの知りあいだったので
一緒に呑むことになったのが最初だ。

阪神ファンで名前が「トリタニタカシ」(字は取谷孝だけど)
だということをあまりにも自慢するのでツボイが
「こっちはマユミアキノブだもん」と反撃(?)した。
逆なのに。
穐伸麻由美(アキノブマユミ)なのに。
しかも阪神ファンでもないのに。
ともかくそれがきっかけだ。

まだ二人とも大学生だったっけ。
翌日「コーチ!」というメールが携帯に入った。
当時、元阪神選手だったホンモノの真弓明信(マユミアキノブ)さんが
近鉄のヘッドコーチだったから。
あれから9年。

後年、阪神の監督に就任したときは
二人でひっくり返ったものだった。はは。
以来ホンモノの真弓さんが監督を辞めた今でも、
二人の間がうまく行ってるときには、
ふざけてアタシのことを「監督」と呼ぶ。

9年間、仲がいいときも悪いときもあったけど、
今はいささかこじれてしまうことの方が多いかもしれない。

けっこうこっちの気持ちわかってると思ってたけど
やっぱ男って基本「甘えてる」のよね……

「……とか、曲の歌詞で考えること?」

思わず口に出して笑った。
まぁ別に歌詞まで考えて「この曲が好き」とか
言ってるわけじゃないのかもしれないけど。
それでもね。
ときどきだけど、上から見ているみたいな物言いをして
ちょっとワタシが怒ると「別れたいの?」って聞くの。
あれはなんだろう。
面倒くさくてつい「うん」っていいそうになってしまう。

いけないいけない。マイナス方向に行ってる。
あのままタカシの部屋を出た後タクシーで帰って
ベッドに倒れ込んだっけ。
深夜でも基本料金で帰れる距離だからいいけれど、
けっこうフラフラしていたから
もし長く乗らなければ帰れない距離だったら
タクシーの中で寝込んでしまったかもしれない。
疲れているときに限ってこういうことしちゃうんだよね。はぁ。

今朝は起きられなくて急いで出てきたから頭がカユイや。
今日は早く帰って熱いシャワーを浴びよう。
それでビール呑みながら音楽聴こう。トッド以外の。

なにがいいかな。女性ボーカルが聴きたいな。
こういう気分の時はノラ・ジョーンズだな。
こないだ買った「リトル・ブロークン・ハート」だな。
そのためにもとりあえず目の前にあるファイルを片付けないと。

マユミはキーを叩き続けながら
もう帰りがけの買い物のことを考えていた。

とりあえず部屋に帰ってもタカシがいるわけじゃない。
たまに一緒に暮らしてしまおうかと考えることもあるけれど
こういう時は「ひとりで暮らしていてよかった」とつくづく思いながら。

<つづく>

「ゆれる防衛本能」
(5)
見ざる聞かざる嗅がざる

「ゆれる防衛本能」
(4)
「無音」の恐怖

「ゆれる防衛本能」
(3)
音は知らせる

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