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【短編小説】
「コーヒーミル」第五回

「フリーダイヤルでおつなぎしております」

の音声に続いてしばしの無音。
そして遠くで何かがつながる音がして呼び出し音が聞こえる。
2度ほど鳴った後に録音の音声。女性の声だ。

毎度ありがとうございます。
こちらは株式会社ボンボルジアのお客様専用ダイヤルです。
ただいま担当におつなぎしております。
なお、お客様室の品質向上のため、
会話は録音させていただきますので何卒ご了承ください

ずいぶん流ちょうな日本語だ。これが彼の女房なんだろうか。
呼び出し音が鳴る。ガチャリ。

「はい。担当平野でございます」

あの……。

「角度は34度ですよ、岡田様」

えっ?

「だから角度は34度だよ、岡田」

な、なんでオレの名前を……

「オレは別に女房に日本語なんか教えてないよ。
昭和30年代の生まれでもないしさ」

……。

「サブマリン707? 何言ってんだよ。
水中モーターつけたのはジュニアだろ? 
1号艇と2号艇があってさ、作ったのは1号艇だったじゃん」

……。

「水中モーターな。あれすぐに壊れちゃってなぁ。
防水が旨くできてなかったんだろうな。
新しいの買いたかったけど案外高いんだよな」

そうそう、高かった、いやそういう場合じゃない。
こいつは……平野って言うコイツは誰だ?

「ここはどこだと思う?」

 受話器を耳に押しつけたまま、
手も口も体も動かすことができずにいた。
いや、口はパクパクしていたかもしれない。何も言えずに。

「ワタシニデンワシテクダサイ ドゾヨロシク スタイリー♪スタイリー♪」

爆発するような高笑いの声。そして沈黙。

 とにかく体の器官で何とかそのコネクタを
脳に差し込んで機能しているのは耳だけだ。
その耳が感じているのは
笑い声の後に残るホワイトノイズのむこうで
微(かす)かに響く女性の歌声と、

なにかがきしむ音、そして遠い車の警笛らしき音。

受話器のスピーカー部の遠く離れた先で真っ黒な洞窟が
口を開けているような気がした。
そこは……どこだ?

<つづく>

「ゆれる防衛本能」
(5)
見ざる聞かざる嗅がざる

「ゆれる防衛本能」
(4)
「無音」の恐怖

「ゆれる防衛本能」
(3)
音は知らせる

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