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【短編小説】
「コーヒーミル」第二回
機械が壊れた日の週末、日曜日の夕方。
万が一のクーリングオフに備えて取ってあった
箱の中から取説を取りだした。
テーブルの上にミル本体と取説の入っていた箱を置き、
椅子に座って手に取ってみる。
簡易製本された薄い冊子の一番上には
別丁で一枚の紙が糊付けされていて、
本来の取説の表紙にあるものをスキャニングして
そのまま入れたと思しき名称と製品番号が
デザインされた書体で入っており、その下に
この度はお買いあげ毎度ありがとうございます。
本書は生産国現地の本社スタッフにより編集・翻訳されたものです。
内容につきましては輸入代理店である弊社ではわかりかねますので、
その点ご理解ください。
なお、ご不明な点につきましては製造元でありますボンボルジア社の
ボンボルジアお客様窓口
専用ダイヤル0120・●●●・●●●●
(通話料無料・携帯からはご利用になれません)
で本社スタッフが日本語にて対応させていただきます。
と書いてある。
へぇ、現地本社に日本語を読み書きできる社員がいるのか。
そう思いつつベージをめくってみた。
通り一遍の「付属品説明」に始まり「各部の名称」、
そして「そんな使い方するヤツいるもんか」という
「使用上の注意」が並んでいる。
続いてそしてこちらも「本体を見ればわかるよ」という
「使い方」が数頁続き、「お困りの時」という頁が出てきた。
質問形式になっている。
「スイッチを押しても動かない時」。これだ。
なになに。
コンセントは正しく刺さっていますか。
→抜けていたら差し込みます。
ありがちな表記。
ONスイッチを押していますか。
→押していなければ押しましょう。
そんな間違いする人間、いるだろうか。
電気料金は払っていますか。
→払っていないと電気が来ないことがあります。
よけいなお世話……なに? なんだこれは。
そういうお国柄なのかもしれないが。
電気料金は銀行振替がお得。そこで質問です。
質問……
浦豚を開けたことはありますか。
「浦豚」……「裏蓋」のことか。
浦豚を明けると駆動部が見えます。そこがキモ。
キモ? pointの訳に「キモ」ってあるのか?
駆動系の不調はその角度を入力することで
伝達機能の問題は解決します。
いきなり専門的になった。
角度の入力はやさしくネ♪
ともかくその文字列を見たところでいったん取説を閉じた。
頭が少しクラクラしてきたからだ。
訳している人間が日本語がわかるのかわからないのか、がわからない。
テーブルから離れて紅茶を入れてひと息つき、
気を取り直してもう一度取説を開いた。
<つづく> |
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