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【短編小説】
「コーヒーミル」第一回

 外国製のコーヒーミルを買った。
 数十年使っていた国産の機械がある日壊れたので修理しようとすると
メーカーから「買った方が安い」と言われ、
仕方がないので同型の機種を買おうとしたら
もう廃番だと告げられた。

 外国製を選んだのは以前と比べると驚くほど
少なくなってしまった国産品の現行機種に魅力的なものがなく、
日本製のものは回転速度が速すぎて、
挽いている豆の薫りを損なってしまうと聞いたからだ。
毎朝ゴリゴリと手動で挽くのは手間がかかりすぎる。

 しばらくの間は自家焙煎の珈琲豆店で
ペーパーフィルター用に挽いてもらったものを買っていたが、
数日すると薫りが落ちてしまう。
毎朝のことだ。やはり挽きたてがいい。

 仕方なくネットを検索、徘徊して外観と機能と、
もちろん価格について吟味を重ね、時間をかけて機種を選んだ。
輸入物である。
万が一おかしなものが届いたら、
いくら半年間はクーリングオフできると言っても
手続きとやりとりには気の遠くなるほど
時間がかかるのは知っている。
また一から、というのはできれば避けたい。

 アメリカ製でもフランス製でもない、
よく知らない小さな国の製品だったが、

それを輸入している代理店のHPにある商品説明の中に
「取扱説明書の日本語訳添付」と書いてあったので安心した。
数週間待って、商品が届いた。
シンプルなデザインで大きさも手頃、
キッチンに置いてもじゃまにならない。
取説など読まなくてもスイッチなど2つしかついていない。

 さっそく挽いてみると、なかなか使い勝手はいいし、
豆の薫りも損なわない。
「うるさいのではないか」と心配していた音も
それほど気にならない。
いっぺんに気に入った。

 そして使い始めて7ヶ月ほどたったある日の朝。
突然「ガチン」という音を立てて動かなくなった。
 ためつすがめつしても動かない。
パイロットランプは点くから電源は生きているらしい。
が、どうしても動かない。
本体を上下させるたびにまだ挽いていない豆が
ケースの中でザラザラと動く音を虚しく聞きながら、
ため息をひとつついて、
その朝はアールグレイにミルクを入れて飲み、
部屋を出た。

<つづく>

「ゆれる防衛本能」
(5)
見ざる聞かざる嗅がざる

「ゆれる防衛本能」
(4)
「無音」の恐怖

「ゆれる防衛本能」
(3)
音は知らせる

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