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Vol.5 東北関東大震災
「仙台からの手紙・その3−人は瓦礫に何を見るか?」

前回の続きです。
もうすぐ3月11日から4ヶ月が経とうとしています。
相変わらず仙台と海岸沿いの被災地を行ったり来たりしていたら、
ちょっとした物語が頭に浮かんだので、まずはそれを書き留めておきます。

*
打ち上げられた大きなフネが傾く瓦礫の前に、三人の男がやってきました。
最初のひとりは西の町からきました。
「この悲惨な廃墟の事実をそのまま包み隠さず伝える事がオレの仕事だ」
そういうと、東へ立ち去りました。

しばらくするとふたり目が東からやってきて、廃墟の前に立ちました。
「このフネの向こうにあったはずのドラマを伝えるのが、私の仕事だ。

かれは南へ引き返しました。

最後にやって来た男は南からきました。
「瓦礫の向こうに小さな光が見える。その光を輝かせるのが仕事だ。」
そうつぶやくと、北へ向かいました。
*


詩人ならどう心をあらわすか?
小説家ならなにを書くか?
ルポライターならどう生きるか?

同じ瓦礫を前にして、同じ言葉という道具をつかっても、
役割はたぶんそれぞれ皆違うんだと思う。

瓦礫を見た料理人は何を作るか?
瓦礫を見たドライバーは何処へ向かうか?
瓦礫を見た兵士は何を護るか?

彼らの肩をつかんで、「お前になにができるんだ?」と揺すぶる人はいない。
けれど、描いたり歌ったり、書いたりといった旅芸人的生き方を選んだ人は、
無言のまなざしで揺すぶられる現実がある。
それこそが、311以降、旅芸人達の前に期せずして敷かれた、
そして避けられない道筋のようなきがしてる。

もうすぐ4ヶ月目が訪れる。
瓦礫の山はどんどん高さを増している。
だけど、海辺の町並みは、まだ、その基礎さえ作られていない。

「お前は、瓦礫という現実を前にどんな表現をするんだ?」

この四ヶ月、そんな無言の問いかけに、何度かさらされてきた。
ぼくはそんな問いかけに即答できるほど聡明じゃないし、
心が決して強くもない。
けれど、目を背かれても、変わらないじゃないかと冷ややかに語られても、
考え続け、描き続けることだけは忘れない。

イラストレーターとしてどういったことを伝えて行くのか?
絵描きとしてこれからどんな表現になって行くのか?
たぶん、その答えがわかるのは、何年も先のような気がしてる。
「今」、あらゆる感情をねじ伏せて描いている
イラストや絵が生まれつつあります。
遥か先、町が復興した未来にそれらを手にしたとき、どう感じるのか?
答えはそのときわかるような気がしてます。

すくなくとも、今、ぼくには幸運にも描くエネルギーが戻ってきつつあります。
そして危ういですが、今日を明日へつないでいます。

仙台からの手紙は、今回で基本、終わりにします。
(また文で書きたくなった時は書いちゃいますが)
文章ばかりがやたらと長い旅絵物語震災バージョンに
三回もお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
次回からは、当初の旅絵物語に戻ろうと思っています。

今回の絵は、先日、過去のスケッチを元に描いた、
今は無くなってしまった風景です。
宮城県南三陸町の藤浜という小さな入り江でした。
たしかにそこには311まで漁へ出る漁師の姿と、港があったのです。
津波が襲ったあの日の3週間ほど前、現地に取材していたのでした。




■ウエッブギャラリー
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■創作雑記ブログ
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Vol.5 東北関東大震災
「仙台からの手紙・その3」
人は瓦礫に何を見るか?

Vol.4 東北関東大震災
「仙台からの手紙・その2」
破れたふいご

Vol.3
東北関東大震災
「仙台からの手紙・その1」

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