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Vol.19
「ホリエモンの記者会見を見て、親父を思い出した」

 この間、ホリエモンが仮釈放され、痩せて印象が変わった顔で記者会見を開いていた。僕はホリエモンが好きでも嫌いでもないけど、まぁ極端な人というのは往々にして興味深いので、Youtubeでその記者会見を見た。
 ある記者が、「虚業 という言葉を使った。「虚業についてどう思いますか?」ITバブルの寵児としてもてはやされた彼には今でもこの言葉が付きまとう。彼は「虚業なんてこの世にないと思います。みんな、それぞれのやり方で社会を良くしたいと思っている。虚業なんて、そんなこと言ってはいけないと思います」そんな風なことを言っていた。
 
 彼の本心は誰にも分からないし、虚業という言葉についても、それが本当に存在しないのか、それとも必要悪としていつの時代も存在するのか。僕にはよく分からない。ただ、ホリエモンのその言葉に勇気づけられたり、何かを感じたりした人は、ぼくの周りにけっこういた。特に、金融屋が多かった。まぁそういう悩みと表裏一体の商売である。

 僕はというと、親父を思い出した。

 僕の実家は群馬県の県庁所在地である前橋市にある。駅よりも大分北の方で、もう少し行けば赤城山が見える。冬は赤城山のみならず、榛名、浅間、妙義などの山々から凍てつく風が吹いてくる。そんな辺鄙な場所にある。

 親父は前橋市の少し南の方にある六供町というところで、小さなオーディオメーカーをやっている。エンジニアだ。昔はシャープで何か作っていたらしいが、代々うちの家系はサラリーマンには向いてないみたいで、親父も30歳頃、たぶん見切り発車的に独立した。

 親父はこだわりのサウンドシステムを作る。バブルの頃はJazz狂やRock狂たちの冷めやまない情熱を形にしていたらしい。金がある頃だ。みんながみんな、趣味に金を費やしていたという。子供の頃聞いた話によると、たとえばJazz好きでも、聞くジャンルや時代によって高音、中音、低音のバランスがまったく異なる。親父はそれぞれの顧客の趣向を汲み取り、オーディオ・ステレオレベルでニーズを叶える。
 本格的にやる人は、部屋を改築する。例えば、自分の書斎の壁を貫く形で低音スピーカーを設置したり、天井から高音スピーカーを吊るすようにしたり。分からない人には一生理解できないだろう。何を隠そう、僕にも全然わからない。

 僕は中学、高校の頃、そんな親父を反面教師にしていたことがある。とある日、何かの用事があって僕は親父の店を訪れた。親父はいなくて、お客さんが店番をしていた(そういう店なのだ笑)。
 「あれ、せがれくん?」
 見覚えはあるが名前は知らないお客さんが言った。ぼくはだいたいお客さんに「せがれくん」と呼ばれていた。
 「お父さんなら、どっか行っちゃったよ。たぶん飯じゃないかなぁ」
 僕は親父を待つことにした。小学生の頃は親父の店で電動コイルを巻くアルバイトをして慣れ親しんでいたはずの椅子も、高校生にもなるとなぜか妙に座りづらくなっていた。居場所がないというかなんというか。。。まぁそんな年頃だったのだ。

 そのお客さんは、しばらくコーヒーを飲んだりタバコを吸ったりしたあと、突然、共通の話題である親父について話し始めた。
 「昔、この店にPioneerの営業マンが来たんだよ。君の親父さんに『この店にPioneerの商品を置いてくれ』と言いに来たんだ。我々客はみんなそれに賛成した。置いた方がいいって。だけど親父さんはそれを断ったんだ。『あんたらの音は好きじゃない』そういって営業マンを門前払いにしたんだよ

 そんなようなことを言っていた。

 その話を聞きながらぼくは、Pioneerの商品を置けばよかったじゃないか。そう思った。高校生だ。自分の視線が外に向きはじめ、かつ、金やらビジネスやらという小賢しいことが頭に入りつつある年頃。
 一流メーカーのステレオを置いたら、もっと店も繁盛しただろうし、別にそんなに貧乏でもなかったけれど、家も裕福になると思った。何よりも、毎日の晩酌として、大五郎という巨大で安い焼酎を飲む親父自身、もう少しいい酒を飲めるんじゃないかと思った。

 親父は職人としては尊敬に値するが、経営者としては才能がないんだ。自分だったらもっとうまくやれる!そんな意味での反面教師の感覚だった。

 僕がその感覚を少し気恥ずかしく感じるには、それから10年以上の年月が必要だった。けっこう長かったなと思うが、今なら、親父のあの時の判断に、なぜか親近感のようなものが湧く。
 親父は、「虚業」という言葉の中にある一種の嘘くささ、胡散臭さを自分の人生の中に置くことが、―仮にその代償として金を得られたとしても―、どうしてもできなかったのだ。したくなかったのだろう。

 正直に言えば、仕事を始めてからの10年弱、ぼくはこれまでに嘘もついてきたし人も騙してきたし、誇りよりも金を得るような選択をしたこともたくさんしてきた。もちろん、その時々で、金を得て生きていかなければならなかったし、当時の自分を頭ごなしに否定するつもりはない。過去は過去で、それぞれの選択にそれなりの理由はあったのだ。
 だけれども、男も30も超えると、血の濃さのようなものを感じるようになる。そして、だんだんとだが、その選択に変化が訪れる。そんな気が強くしている。今なら、当時の親父の判断を理解できるし、反面教師どころか、正しい判断だったと誇りすら感じる。
 
 ちなみに、親父を思い出すとか、あたかも故人のように書いてしまったが、ぜんぜん生きてます(笑)。一昨年、くも膜下出血を発症したのに奇跡的に全回復してるし、年を取ってからジョギングを始めたり、1000cc以上のハーレーダビッドソンにも乗っている。まぁここまで来たら、飽きるまでオーディオを作り続けてほしいと思う。

※ところで今回、Pioneerさんと大五郎を製造しているAsahiさん、批判的に書いてしまいすいませんでした。両方とも素晴らしいメーカーであります!

高橋 大樹



HP「高橋大樹のマーケット放浪記」
http://hirokitakahashi.com/

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