茶柱横町 茶柱横町入口へ
 
 
プロフィールを見る
前を見る 次を見る

Vol.18
「だって両方大豆でしょ?」

 数週間前、近所のスーパーでバレリーナの草刈民代さんを見た。
 やはりオーラのある人は遠目からでも分かるもので、分厚いロングダウンに覆われていたにもかかわらず、その鍛え抜かれた筋肉が見て取れるような、凛とした立ち振る舞いだった。

 自分でも野次馬だなと思ったけれど、僕はその日の夕食のレーズンパンを手に取りながらも、彼女をチラチラと観察していた。

 彼女はその広い店内で迷うことなく、腕にかけられた緑色のかごの中に大量の無添加ヨーグルトと数本の牛乳だけを入れ、さっそうとレジで精算を済ませて去って行った。あっという間の出来事。なんとまぁわかりやすい買い物だろうか…。むかし読んだ彼女の著作「バレエ漬け(幻冬舎)」を思い出した。彼女はストイックで有名なのだ。

 その夜、僕はこれまた近所のバーにいた。
 黒人音楽が大好きでケニア人の奥さんをもらったバーテンダーに「今日、こんなことがあったんです」と草刈さんの話していると、隣に座っていた常連さんが「わかるねぇ。バレリーナってやつはほんとに…」と苦そうな顔で話に割って入ってきた。

フリーの映像ディレクターとしてNHKで何本か番組を撮っているというそのおじさんは言った。
「オレは昔バレリーナと同棲してたことがあってね…あいつとは本当に食が合わなかった

 おじさんの話によると、おじさんの元彼女であるバレリーナは、食に関して、やはりストイックというか、常識が世間一般とずれていたようだ。

 昔おじさんが彼女と同棲していた時、夕食に冷奴が出てきた。
 おじさんは、ショウガと刻みネギの乗ったその白くて四角いものに、当然のことながら醤油を掛けようとした。
 その時、彼女は言ったらしい。
「なんでお醤油かけるの?

「…え?」
 おじさんは予想だにしないその質問に言葉を失った。
「な、なんでって?」
 彼女は真面目な顔で言った。
「だって、豆腐って大豆でしょ?醤油も大豆でしょ?大豆に大豆かけてどうするの?」
「ど、どうするのって……」
 
 おじさんは仕方なく醤油がかかっていない冷奴をおかずに米を食べたらしい。そして数か月後、彼女のストイックさについていけず、同棲を解消したという話だった。

  酔いもあって、バーでの話は「草刈さんちの食卓」にまで及んだ。
 周防監督が、毎日出てくる無添加ヨーグルトに飽きて、砂糖を入れようとすると、草刈さんが言うのだ。

「なんでお砂糖入れるの?」 

「まぁ、背筋の伸びたバレリーナにそんな風に言われたら、大抵の男はひれ伏して、砂糖をテーブルに戻しますよね〜」

 そんなことを言いながら、僕ら三人はまた酒を飲んだ。

高橋 大樹



HP「高橋大樹のマーケット放浪記」
http://hirokitakahashi.com/

連載(毎日更新)commodity-board.com
https://commodity-board.com/2011/05/post-6345.html


Vol.24
出版させていただきました

Vol.23
ジャックバウアーが学校の
先生だったらよかったのに

Vol.22
『世界は偏愛で出来ている
【岡村靖幸】』

バックナンバーINDEX
前を見る 次を見る
| 著作権について | このページのトップへ | 茶柱横町入口へ |