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Vol.15 『みんな逃げていい』

 「逃げろ」というキーワードが流布している。あの痛ましい大津のいじめ事件を受けてのことだ。

 劇作家の鴻上尚史さんは朝日新聞に「死なないで、逃げて逃げて」と書き、脳研究家の茂木健一郎さんはツイッターで「学校に行かないという権利もあるんだよ」と連呼した。辛い状況を我慢するのではなく、逃避してもいい、という観念が広がっているようだ。

 この現象から、日本社会には未だに「辛いことでも我慢する。続けることに価値がある」という「逃げない美学」が通念として根強く残っていることが分かる。この価値観からの脱却という意味では、大津の事件はとても大きなきっかけとなったといえよう。

 苛めはなくならないだろう。そして苛めと同じぐらい理不尽で、でもなくならないことは世の中にたくさんある。そういう「明らかに嫌なこと」に遭遇してしまっている人は当然、逃げていいと思う。結局、人間が生きていく上での(演劇性の中での)一時的な出来事なのだから、そもそもそこまで真面目に捉える必要はない。

 同時に、「言葉にできない【嫌なこと】」に遭遇している人も多い。

 人間て、明らかに不幸なわけじゃないけど、「微妙な不幸」や「奇妙な虚無感を持っていることってたくさんある。

 例えば、苛められているわけじゃないけど、何か学校に違和感を持っている学生とか、DVや言葉の暴力を受けていないけれど、圧倒的に楽しくない結婚生活を送っている人。喰えないわけじゃないしブラック企業でもないんだけど本当はやりたくない仕事を延々とやって心が潰されそうになっている人。

 そういう、言葉にできないし、言葉にしたところで 同情すらされないような微妙なことが人を死に追いやることも多いのではないか。なんというかそういう嫌なことって、鋭痛よりも鈍痛に近く、下手に我慢できたり気付かないという意味で言えば、明らかに不幸が目に見えている人よりもタチが悪い。しかし確実に人を弱らせていく。

 そういう言葉にできないような【微妙な不幸】や【奇妙な虚無感】から逃げ出すことも大切なことのように思う。

高橋 大樹



HP「高橋大樹のマーケット放浪記」
http://hirokitakahashi.com/

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