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Vol.6 【ビン・ラディン氏殺害】を巡るいくつかの疑問


 5月1日、イスラム過激派国際ネットワーク「アルイカイダ」の首謀者とされているオサマ・ビン・ラディン氏の殺害が報じられた。パキスタンの首都イスラマバード郊外にある潜伏先で、米海軍特殊部隊「SEALS(シールズ)」により頭を打ち抜かれたという。

 その直後、テレビでは殺害を喜ぶ米国民の姿が流れた。両手を挙げてお祭り騒ぎに興じる若者たち。もちろん全ての米国人が同容疑者の死を喜んだわけではないだろうが、NHKの報道によれば、ホワイトハウスでも、殺害のニュースを聞いた与野党の議員が一斉に立ち上がり、拍手喝采したという。

 この件、ぼくはけっこう呆れている。
 でも呆れてるだけでは仕方ないので、ちょっと考えることにした。この問題のポイントは<1>「ビンラディンは本当に殺されたのか?」、<2>「ビンラディンを殺すことにどんな意味があったのか?」の2つだと思う。

◆疑問<1>
「殺害の事実 〜“情報の確度”と“容疑者を殺す”ということ〜


 現地にいない人は、誰かが伝える「二次・三次情報」でニュースを知る。しかし二次・三次情報というのは、そもそもそれを伝える側を信頼しているという前提の上に成り立っている。5月1日に流れたこのニュースの発信元は「特殊部隊シールズ」またそれを流した米国や日本のメディアである。映像はなく、ただの言葉だけ。これをどう考えるべきか。

 そもそも、ぼくらは「シールズ」なる部隊の言うことを信用すべきなのだろうか? 日米の大手メディアの言うことを信用すべきなのだろうか?少なくともぼくは、シールズやCNNで働く人々のことを個人的に知らないし、彼らが伝えた言葉の一つ一つを真実だと捉える必要にも迫られていない。

 今回のニュースには、いくつかの疑問がある。
 最初の疑問は、遺体写真を隠したことだ。最初のニュースが流れてから3日後の5月4日、オバマ米大統領はCBSのインタビューで、ビンラディン氏の遺体写真を公表しないと発言。「遺体が本人であることは間違いない。DNA鑑定もし、ビンラディンが殺されたことを疑う理由は何もない」と強調したが、なぜ遺体写真を公開しないのか、その明確な理由は伝えられなかった。

 次の疑問は、「なぜ水葬」にしたのかということ。米軍は、ビンラディン氏の死体を海に葬ったという。オバマ大統領は水葬に関して、「我々はビンラディンの遺体に敬意を払ったつもりだ」などと述べた。しかし、イスラム教を背景とする組織の首謀者を殺害しておいて、「現地の風習に従って、水葬にした」というのは、さすがに無理があるだろう。それに政府要人全員が、死体を確認しないでよかったのだろうか。

 時間が経つにつれ、ネット上ではこれらの疑問をめぐる議論が繰り広げられ始めた。当然、「嘘なのでは」という声も多く出てきた。
 その後、米政府とメディアはその信憑性を高めるために努力するようになる。ホワイトハウスのシチュエーションルームで、軍事作戦を見守るオバマ氏やその他要人の写真を公開したり、様々な要人がビンラディン容疑者の殺害が真実だということをメディアに伝えたりした。米共和党のインホフ上院議員に至っては、CNNテレビに対し、「確かに彼(ビンラディン)だった。彼は死んだ。過去の人物だ」などと“情報として何の価値もない”コメントを提供したりした。
 そして8日、米政府はビンラディン容疑者の映像の公開に踏み切ると公表された。しかし、よくよく見てみればその映像は、ひげを黒く染めた長身の男性を後ろからななめに撮った映像というだけのものだった。月末に公表されたビンラディンの顔写真も、血だらけの頭をした“誰かさん”だった。

 極めて手前味噌でお粗末な証拠群に、いらだつ論調も目立つ。
 というかそれ以前に、容疑者というのは、裁判にかけない限り死刑にしてはいけない。殺してはいけないのだ。当初の報道通り、ビンラディン氏が丸腰だったとすれば、殺害した本人は国際的な裁判にかけられるべきだ。それを黙認したとすれば、オバマ大統領にだって責任はある。すでに、アメリカを含む各国で、当初から殺害を目的にした作戦だったのではないかという見方が強まっており、一部では「国際法違反にあたる」と批判されている。

◆疑問<2>
「殺害の意図」 〜暴力の連鎖反応の発生〜


 次に、「ビンラディン氏を殺害することに何の意味があったのか」ということを改めて考えてみたい。米政府としては、「米国はテロに屈しない」というポリシーのアピールと政治的な人気取りなどがあったのだろう。しかし簡単にいえばこの作戦は、9.11に対する「復讐」である。カウボーイ文化のお家芸だ。小説やドラマでも、よく「復讐」というストーリーは使われる。なぜなら「復讐」という構図は、簡単に読者のシンパシーが得られるし、悪者(とされたもの)が殺されたときに、強いカタルシスが得られるからである。

 しかし、「テロ・反社会的勢力の撲滅」という本来的な目的に立ち戻って考えてみると、現状、真逆のことが起きている。米国に対する反発因子の存在が強くなり、暴力の連鎖反応が起きているのである。

 22日、パキスタンのカラチでイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動」(TTP)が市内のメヘラン海軍航空基地を襲撃、5人が死亡。同勢力は、「ビンラディン氏殺害に対する報復として海軍基地襲撃事件を行った」と発表した。また26日、同国北西部のテロで25人が死亡。テロ組織「パキスタンのタリバン運動」が声明の中で「アメリカに対する報復だ」と明言している。またビンラディン氏殺害後、インドなどテロが多発する国や地域では、現地でテロを実行した組織・人物を拉致・殺害できないかとの論調が乱立したとも聞く。

 米ギャラップ社が18日に発表した世論調査結果によれば、同容疑者殺害の結果、「パキスタンは安全になったと感じる人は7%、テロの脅威が高まったと考える人は60%以上」になったという。また、CNNの調査によれば、米国に対する好感度は一気に下落した。・ヨルダンが13%(2010年は21%)・トルコ10%(同17%)・パキスタン11%(同17%)・インドネシア54%(同59%)・レバノン49%(同52%)。

 そもそも「アルカイダ」という組織は、「独立した組織」として存在していることで知られる。つまり、その首謀者であったビンラディン氏が死んだとしても、第二、第三のビンラディン氏がすぐに現れ、自律的にテロ活動を行うことは容易に予想されたことであった。

 また、多くの知識人やジャーナリストが『ビンラディンは、米国に殺される前からすでに政治的に死んでいた』と指摘している。それが本当だとしたら、ビンラディン殺害によってテロが再活性化している今は、極めて「皮肉な状況」だと言える。ビンラディンは、米政府の手によって、暴力装置の最後の姿として機能したのかもしれない。

◆“カウボーイ”たちへ一言

 5月末、「ハート・ロッカー」でアカデミー賞を取ったK・ビグロー監督によって今回のビンラディン殺害作戦が映画化されるということが決定したところで、ぼくは完全に脱力してしまった。
 …デリカシーがないというか。こういう節操のなさが、イスラム圏の人々の反感を買うのだと思う。世界は少なくとも多様な人種がいて様々な考え方と価値観があって、それが交差して成り立っている。だからこそ価値がある。アメリカの所有物ではない。表面的にフラットにしようとしたって、氾濫因子は強くなるばかりだ。ものごとを単純化しようとすること自体が反感を買うのであって、そもそも世界はそんなにバカじゃない。

 最後に、容疑者を勝手に殺した部隊員、それを黙認(指示)した政治家たち、そして人の死を喜んだカウボーイたちに一言。

もしビンラディン氏殺害が本当だとしたら…
「人を殺して喜んでいるあなたたちは、9・11の犯人と同質だ」



HP「高橋大樹のマーケット放浪記」
http://hirokitakahashi.com/

連載(毎日更新)commodity-board.com
https://commodity-board.com/2011/05/post-6345.html




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