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第9回 禅的こころのとらえ方

私にとっては禅の考えは、抵抗なく心に入ってきます。
余計なこだわりはすべて捨てて、
あるがままに自分の心の変化を、
ただただ空模様の変化を眺めるようにとらえていければ、
心はもっと軽くなり、
もっと楽に生きられるだろうなあ、と思えるからです。

ただ、そこまでの境地を体験したことはありませんが、
その境地を自分なりにイメージしてみるだけでも、
心はだいぶ軽くなるものです。

大きな勢力で心を支配しようとする怒りや不安といったネガティブなものも、
実体のない煙のようなものだと常日頃から認識していれば、
さほど怖れることなくやり過ごすことはできるものでしょう。

ですが私自身は、どんなことにも心を乱されない、
そんな悟った人を目指せるとは思えないし、
よくよく考えると目指す気はありません。

人間として生まれてきた以上、怒ったり泣いたり狂喜したり、
そういう人間臭い感情も残して生きていきたいなあと思うのです。

でも、そのような感情に支配されたり、
振り回されたりするのは、やはり辛いもの。

怒りの感情そのものは、
一瞬にして爆発しその後はすぐにおさまっていくものだと思うのですが、
その怒りの感情に付随した余計な思考の数々が、
また新たな怒りの感情を生み続けていくような、
負の連鎖を繰り返してしまうんですね。

思考することのない動物は、
いつまでも根に持って恨み続けるようなことはしないので、
感情の処理はスッキリしていてうらやましい気がします。

でもその反面、嬉しい気持ちをいつまでも味わったり、
楽しみに思う気持ちを長く持ち続けることはできないので、
どちらがいいとも言い難い気もしますが。



いずみえむ『シンプル開運ライフ』
→http://www3.ocn.ne.jp/~izumi-m/

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