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あきら「茶柱句会 第三部 第53回茶柱ツイッタ−句会」

─俳句なう─
「第53回茶柱ツイッタ−句会参加作一覧」
(着信順 投句のまま)
一人六句まで(1ツイ−ト3句以内x2)
2月8日〜2月22日締切り
兼題 <梅>
あるいは自由題(当季 初春)



鬼やらひ被曝残土の行き処

盆梅の侮り難き樹齢かな

ソチよりも寒きニッポン春の雪

兄事せる人と旧交春火鉢

料峭の岸にイ−ゼル車椅子

列島弧バレンタインの日の嫉妬
(以上六句 大阪市 あきら)


梅東風やまだ醒めやらぬ東山

吾輩と同い年なる八重の梅

梅宮や大福梅をつつむ巫女
(以上三句 加古郡 はつを)
<訂正とお詫び>
前号に記載上の誤りがあり以下の通り訂正しました 
(誤)にぎやかに三味線弾きはやし薺打つ
(正)にぎやかに三味弾きはやし薺打つ


鳥雲に入りて文楽物語

亀鳴いて風雅の道に迷ふかな

剪定や猫ぞろぞろと親子づれ

悟るとは生きることとや春の闇

春服のおしゃべり風の過ぎ行けり

富士といふ名をもつ山の笑ひけり
(以上六句  寝屋川市 いさむ)
<訂正とお詫び>
前号に記載上の誤りがあり以下の通り訂正しました
(誤)寒凍る北海道の便りかな
(正)鼻凍る北海道の便りかな



字句補足説明
順番に
鬼やらひ(晩冬) 盆梅(初春) 春の雪(春) 春火鉢(春)
料峭(れうせう)(初春) バレンタインの日(初春)と季語
<被曝残土>は東電福島原発事故で被曝して除染された土や下草など
3年経っても行き場が定まらない不条理
<鬼やらひ>節分会の追儺(ついな)のこと 
立春の前日なので歳時記上では晩冬の季語となる 翌日の立春からは春の季語
ところで追いやられて行き場のない鬼 なにやら除染作業の残土に似ている
一旦眼前からは消えるが無くなったわけではない
だれも迎え入れてくれない人間のエゴの海を彷徨うことになる
<盆梅>小さな器に丹精の盆栽の梅 小さいからと侮ってはいけない
樹齢百年などは序の口 三百年・五百年の猛者も平気な顔でいる
<春火鉢>長年兄事してきた(社)
大阪南太平洋協会(ASPA)理事長の松村賢治(1942〜)さんが
本年1月にPHP研究所から「旧暦で今をたのしむ・暮らし歳時記」
(PHPビジュアル実用BOOKS・1,300円・税別)を
監修者として著作されたのでその教えを請うた
既に2007年に「和のくらし・旧暦入門」(洋泉社MOOK)を
共同執筆しておられ
また地道な旧暦研究に基づいて 
ASPAから毎年旧暦カレンダ−を発行
インタ−ネット上の歳時記「季語歳」と併せて当句会の解説の裏付にしてきた
新たに一冊が加わり心強い限り
ところで<春火鉢><火鉢>だけなら冬の季語 
春火鉢としなければ春の季語にならない 
春になっても寒い日があるので<仕舞うに仕舞われない>
ニュアンスが本来の季感 
だがこの句の火鉢は松村さん考案の<金火鉢(かなひばち)>
その着眼点はもっとグロ−バル<日本の直火(ぢかび)文化を見直す>
というもの
「松村式改良ドラム缶炭窯」で木炭も焼き 
粉炭で練炭まで作り日常生活に取り入れる 
そこで<遊*火道(いうくわだう)>というネ−ミングを提案している
<火道>は茶道・華道・香道・書道・武道のように奥義を窮める道
それに<遊*>がついているのがミソ<*>は漢文の返り点の略号とす
若き頃 芦屋浜で仲間と始めたヨット 
その先頭にいつも松村さんがいた
メンバ−の中から松村さんら二人が世界一周に旅立った
僕は芦屋浜のプロジェクトを選んでそれには同行しなかった
あれやこれや旧交を暖める二人の間に金火鉢が練炭の火力で湯を滾らしていた
僕は俳人として松村さんの新しい旅<遊*火道>に同行しようと思った
旅とは一義的には見知らぬ土地を巡ったり冒険をしたりすることをいうが
(俳句では芭蕉の「奥の細道」などが代表例)
人生や道を究めることも旅といえる<遊*火道>もまた旅である
<料峭>春寒の傍題の季語 春風が肌に寒く感じる様子
川岸に置かれたイーゼル(easel)画架と車椅子という二つで即物表現
<バレンタインの日>すっかり定着した2月14日のバレンタインデ−
立春寒波の襲来で日本列島(列島弧)は大雪(嫉妬)
そこで誰がどうのこうのといわず雪の列島弧の嫉妬と捉えた
緩やかに湾曲した列島弧の形成原因については
プレ−トテクトニクス理論などで説明されている 
近年では地球の核心にあるマグマの活動を解明した
プル−ムテクトニクス理論なども加わって火山列島で
地震の巣窟としての日本列島
ならびに琉球弧の成り立ちが力学的に把握されつつある
しかし 地震が何時発生するかは未だに判らない
はつをさんの句
順番に梅東風(うめごち)(初春)梅(初春)梅宮(初春)の季語
<梅東風>梅の咲く頃に吹く東風 京都の朝の景によく似合う
ところでこの用法<桜東風><雲雀東風>などいろいろあるのが日本的
二句目 <作者と同い年の八重の梅>古希を超えたところ 
梅では老木とは未だいえないが若木でもない 
<梅宮>梅の宮と読んで梅を主にした京都・北野天満宮の異称と解釈
開花予想が公表されるほどの観梅の名所ゆえ梅を当季季語とした
今年は1月の末から始まって2月の末ごろが身頃(2月25日が最適とか)
ところで<大福梅(おおふくうめ)>は
境内で採取した梅を夏季に天日干しにして
正月の祝い膳に供されるもので毎年年末に天満宮で一袋500円で授与される
季語としての扱いは梅干と同等とすれば<夏>
年末から正月に供されることに主眼をおけば<歳末・新年>となり
当季(初春)には該当しない
いさむさんの句
順番に鳥雲に入る(春) 亀鳴く(春) 
剪定(初春) 春の闇(春) 春服(春)
山笑ふ(春)が季語
一句目<鳥雲に入る>春になって北へ帰る(北帰行)鳥の群れと
<文楽物語>との取り合わせの句
文楽は人形浄瑠璃のこと 太夫・三味線・人形遣いの三位一体で演じられる
その演じられる内容は物語(時代物・世話物・景事物など)
世話物(心中物を含む)の名作を多く生んだ近松門左衛門(1653〜1725)は
竹本座の座付作家で現代のクドカンさながらの人気脚本家
物語を抑揚をつけて語るのが太夫 三味線は太棹で太夫を引き立てる
現在は七代・竹本住太夫(90歳)さんが現役を勤める
義太夫とは竹本義太夫が始めた人形浄瑠璃の一種 それを略して義太夫と呼ぶ
二句目<亀鳴くや>実際には亀は鳴かないが
春の長閑さを表す季語として俳句では重宝されている
<風雅の道に迷うかな>実利を離れて詩歌や芸能の心を遊ばせるうちはいいが
<風狂>に陥ると山頭火や放哉のようになる恐れもある
<剪定や>春になって垣根の剪定をしていると<猫の恋>の帰結として
猫の子が生まれているのが顕わになる 
そんな光景が描かれた
<悟るとは>「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ねる事かと思ったが
それは間違いで如何なる場合にも平気で生き居る事であった」(正岡子規)
六句目<富士といふ名をもつ山の笑ひけり>昨年世界遺産に登録された富士山
俳句独特の言い回しに味がある たんに<富士山>と言ったのでは妙味がない
いさむさんの俳句センスだろうか
ところでついでに季語の勉強を
この<山笑ふ>という季語 以前にも解説したことがあるが
俳句の季語としては異質な素性がある
そもそも北宋の山水画の泰斗・郭熈(1023〜1025)の画論
「臥遊録」を原点にて考案された季語 元来は画法を伝授するものであった
すなはち「春山淡冶而如*笑(春山淡冶にして笑ふが如く)」
→春の季語<山笑ふ>
ように画くと佳いからきたもの(「*」は返り点記号とする)
以下「夏山蒼翠而欲*滴(夏山蒼翠にして滴るを欲す)」→夏の季語<山滴る>
「秋山明浄而如*装(秋山明浄にして装うが如く)」→秋の季語<山装ふ>
「冬山惨淡而如*睡(冬山惨淡として睡るが如く)」→冬の季語<山眠る>
ようにそれぞれ画けば佳いと教えている
だれがどのようにしてこれを季語に用いたのかは知らないが通用している
季語の素性を念頭においておかなばいけないということの証左
いさむさんの句に触発されてついつい解説が長くなってしまった


<同人欄>

「梅」あきら(代表同人)vol.41

小さき梅なれど大気の核ならむ

天満宮主忘れぬ梅匂ふ

探梅や越の三梅腹中に

梅が香に不意打ちくらふ闇夜かな

校章は梅新制小学校

松竹梅とは失敬な梅暦

無辜のこゑ梅一輪の凛乎たる

字句補足説明
表題の梅(初春)以下探梅(晩冬)・梅が香(初春)
梅暦(初春)なども傍題の季語
一句目<大気の核>春になったから梅が咲くのではない 
梅が咲いたから春になるのでもない梅は梅であり 
いわば季の大気の核心 つまり春そのもの真髄(春の核)
春も梅も人間がそう呼んでいるに過ぎない
この思いは七句目に収斂される
<無辜のこゑ梅一輪の凛乎たる>
この句を詠み得て
<梅一輪一輪ほどの暖かさ>服部嵐雪
<白梅や天没地没虚空没>永田耕衣
を読むと梅の捉え方が心にしみてくる
以下戯れの三句の字句補足説明
<天満宮>平安時代の貴族・学者・漢詩人菅原道真(845〜903)を祭神とする
<東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ>
に応答して匂ふ
律儀な天神さんの梅の花<飛び梅伝説>
道真の居る大宰府まで一夜にして飛んだという都の梅
無粋ながら下の句<春な忘れそ>が悩ましい文語<春を忘れるな>と命じている
大宰府まで匂いを送れという無理難題
<な〜そ>の語法は「〜するな」という用法
以前 大岡信さんの折々の記で北原白秋の歌
<春の鳥な鳴きそなきそあかあかと外の面の草に日の入る夕>
の例題で学んだことがある<な鳴きそ>はすなはち<鳴くな>という意味
<探梅(たんばい)>梅とあるが歳時記上は晩冬の季語なので要注意
一般的な国語辞典では<梅林に出かけて梅の花を観賞すること>とあるが
<探>の字が意味するように本来は早咲きの梅を訪ねて
山野を駆け巡るニュアンス
<越の三梅>はご存知新潟の銘酒「越の寒梅」
・「雪中梅」・「峰の白梅」を指す
目だけでなく腹にも梅を入れていこうという浅ましい魂胆
梅の芳香は実に悩殺的 僕は京都・高台寺の渡り廊下で体験した
蕎麦屋や和食店の品書きの等級の常套句 大抵は上虫下の下に梅があてられる
梅に対しては勿論松や竹に対しても失敬なこと
<松竹梅>そのものは<歳寒の三友>にして<慶事の象徴>ここまではいい
品書きにしたところが失敬でけしからんといっているのだ 
僕はこんな店には入らない
僕は1945年生まれで 
なにからなにまで新制だった
新設の小学校は6年間クラス替えなしで同じ担任の先生
校章が梅で 正門脇に梅の木が植えられていたことを何故か鮮明に覚えている
いまにして<梅のように人生の苦難に耐えて咲け>と知るが 
当時は分からなかった
七句目<無辜(むこ)>罪を犯していないという意味
たまたまそこに居合わせたために戦火や災害などのとばっちりを受けて
虐げられ迷惑をうける民たちのことを指す(無辜の民)
<凛乎(りんこ)>寒さが厳しい様子(凛然)として近寄りがたい様子を指す
僕にとっては1995年1月17日の神戸の大震災がその原風景
句格はともかく 永田耕衣の<白梅や>梅一輪の凛乎たる実感は通底している


「枯山水」はつを(同人)vol.39

枯山水白砂の川の涸れゐたる

紅梅やロ−マてふなる水路閣

水温む五右衛門吼へる南禅寺

字句補足説明
順番に
川涸る(冬) 紅梅(初春) 水温む(春)が季語 
<水路閣>琵琶湖疏水を京都市内へ引き入れるための水路が
南禅寺の境内の一部を通過する部分の名称
1888(明治21)年に作られて1890(明治23)年開通
東京遷都で凋落した京都の復興プロジェクトの一環
すぐ近くにある蹴上でわが国初の公共用水力発電所のタ−ビンを回した
その電力で京都に路面電車を走らせた 僅120年ほど前の話
<ローマてふなる>煉瓦造のア−チがローマの水道橋を彷彿させる
<ロ−マてふ>は<ローマ調>ということ
<水温む五右衛門吼える南禅寺>
ご存知歌舞伎「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」の名場面
大盗賊・石川五右衛門の名台詞<絶景かな〜絶景かな〜
春の宵は値千両とは小せえ小せえ・・・>と大見得を切る
ここまでは威勢がいいが すぐに釜茹での刑が待ち受けている
辞世の歌<石川や浜の真砂は尽くるとも世に盗人の種は尽くまじ>
正鵠を得てはいるものの ことここに到っては所詮負け惜しみ─
春の季語<水温む>が釜茹での前になんとも皮肉 
このアイロニ−が句の眼目


<講評 あきら(茶柱句会主宰)>
参加者数3名(308名) 参加句数15句(789句)()内は累計数
同人のはつをさんはコンスタントに投句欄と同人欄に無欠席継続中
同人の兎巣さんついに連続参加が途切れた 次回に期待
俳句のキャリアからいえば当然のことながら
いさむさんが初参加から短期間ながら投句欄掲載30句超を達成
規定により<同人推挙>させていただきます
いさむさんが受諾されれば次回から同人として
同人欄へも投稿していただくことになります
是非受諾していただけますようお願い致します

─俳句なう─「第54回茶柱ツイッタ−句会」のお知らせ
3月8日〜3月22日締切り 2014年4月8日掲載予定
一人6句まで(1ツイ−ト3句以内×2ツイ−ト)
兼題は<彼岸>
あるいは自由題(当季 仲春)でも構いません)
「季語歳」の仲春・彼岸をクリックすると関連季語が解説されています
こういう機会に学ぶのも有意義なことです


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