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あきら「茶柱句会 第三部 第49回茶柱ツイッタ−句会」

─俳句なう─
「第49回茶柱ツイッタ−句会参加作一覧」
(着信順 投句のまま)
一人六句まで(1ツイ−ト3句以内x2)
10月8日〜10月22日締切り
兼題 十三夜(じふさんや)紅葉(もみぢ)
あるいは自由題(当季 晩秋)



瓢亭に匂ふ夕霧十三夜

蔦紅葉櫓まで来て揺れゐたり

ミネルヴァとメリキュ−ル弐神鰯雲

モダニズム紅葉かつ散る聴竹居

ジグザグとさ迷いし道秋の暮

ラビリンス色なき風の硝子片
(以上六句 大阪市 あきら)


一草も花は実となる草紅葉

里芋の破れ葉を漏るる十三夜

一人して翁を偲ぶ暮の秋
(以上三句 加古郡 はつを)


爪楊枝柿一切れの重さかな

店先の柿を見比ぶ老夫婦

店頭に南瓜の笑ふ万聖節
(横浜市 兎巣)



字句補足説明
順番に
十三夜 蔦紅葉 鰯雲 紅葉かつ散る 秋の暮 色なき風と秋の季語
<十三夜>は旧暦9月13日の月のこと(今年は10月17日だった)
旧暦8月15日の仲秋の名月(十五夜の月)に対して<後の月>ともいう
ほかにも<豆名月><芋名月>とかこの時期の収穫物の名をつけた呼び名がある
十五夜が中国伝来の風習なのに対して 
十三夜は日本固有の風習 秋の収穫祭の意味合いをもっている
お月見をする場合は 両方するのを吉とし
片方だけでは<片見の月>といって忌み嫌った
日本文学では樋口一葉(1852〜1896)の「十三夜」
(1894(明治27)年文藝倶楽部)がよく知られる
久保田万太郎(1889〜1963)の劇化脚色によって1947(昭和22)年に
新派によって公演されている
  <瓢亭(ひょうてい)>は大阪・曽根崎近松ゆかりの
お初天神(露天神)の東横にある老舗のそば屋
柚子の表皮を細かくおろして白い蕎麦粉に混ぜて打った<夕霧そば>が名物
熱もりそばで柚子の香りが売り
蛇足ながら<臭ふ>は臭く感じること <匂ふ>とすればよい匂ひのこと
その代表格が本居宣長(1730〜1801)の
<しき嶋のやまとごゝろを人問はヾ朝日に匂ふ山ざくら花>
十五夜から一ト月後の十三夜ともなると 冷たいざるそばではちと寒い
<夕霧>は大阪・新町遊郭の日本三大太夫の一人夕霧太夫の名に因む
江戸時代 江戸は吉原の高尾太夫 京は島原の吉野太夫に並ぶと評された
遊女もトップになると太夫と呼ばれたいした羽振り
<蔦紅葉(つたもみぢ)>蔦が紅葉した状態をいう
建物の外壁を覆うものやこの句のように城の石垣をよじ登る蔦など
石垣は凸凹があって蔦も定着しやすいが櫓の漆喰になるとつるつるして
固定しづらい そこで先端が外れて風に揺れる
<ミネルヴァ(Minerva)>はローマ神話の女神 
知識・戦争・芸術・学校・商業の神
<メリキュ−ル(Mercure)>は同じく商業の神 英語読みだとマ−キュリ−
ギリシャ神話のヘルメス(Hermes)と同一視される 商業・旅・情報の神
じつに大阪らしい神様が選ばれド−ムの上で語らっている
この公会堂は北浜の相場師・岩本栄之助(1877〜1916)が
私財を寄付して作られた
赤煉瓦の特徴のある建築
1908(明治42)年渋沢栄一団長の渡米視察団に随行
アメリカの寄付文化に感銘を受く
1910(明治44)年大阪市に私費100万円を寄付(実にクイックレスポンス)
1912(大正1)年 中央公会堂設計コンペ 1等に岡田信一郎(当時早大教授)
1913(大正2)年 岡田案を元に辰野金吾+片岡安が実施設計 施工は清水組
赤煉瓦の外観が東京駅に似ているのは辰野金吾(1854〜1919)の手によるからだろうか 帝国大学工科学校学長も勤め 
関東大震災にも耐えた東京駅を設計したことから
<辰野堅固>の異名もあったと聞く
1918(大正7)年 竣工
1916(大正6)年 相場が崩れ岩本栄之助ピストル自殺(10月27日夜)
<その秋をまたで散りゆく紅葉哉(浩州)>が辞世の句 浩州は栄之助の号
師と仰いだ渋沢栄一の号は<青淵>
この頃の実業家は文学的教養も覚悟も今とは大違い
1999(平成11)年〜2022(平成14)年 免震工法による保存再生工事
設計は坂倉建築研究所 施工は清水建設(旧清水組)
この時 戦時中に供出させられた二神の像が復元され今日に至る
<聴竹居>大山崎の天王山の麓に藤井厚二(1888〜1939)という
建築家の自邸
として1920(大正9)年から1928(昭和3)年にかけて
実験住宅として建てられた
1913(大正2)年 藤井は初の帝大卒設計課員として合名会社竹中工務店に入社
1920(大正9)年 京都帝国大学工学部講師(翌年教授)
欧米の環境工学の知見を生かし日本の伝統と気候風土に適した<日本の住宅>
聴竹居はその理想を追求したもの<聴竹>は本人の茶道の号
建物の倍くらいの高さの紅葉の木が紅葉しつつ散っている
<秋の暮>には秋の一日の終りという意味と
秋という季節の終りという意味がある
その二つの意味が重なって<もののあはれ>を誘う
この季語の原点には三つの秋の夕暮の和歌がある(季語歳) すなわち
寂連<さびしさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮>
西行<心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮>
定家<見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮>
技術的には和歌は下の句七音で<秋の夕暮>
俳句は五音なので<秋の暮>と夕を省略
<ラビリンス(Labyrinth)>は英語で迷宮ということ
<色なき風>は秋の透明な風のこと 花やかな色や艶のないことをいう
久我太政大臣雅実の
<物思へば色なき風もまかりけり身にしむ秋の心ならびに>の
歌にもとずく(季語歳)

はつをさんの句
草紅葉 里芋 十三夜 暮の秋と秋の季語
<一草(いっさう)>は一木一草の一草 路傍の小さな草というような意味合い
二句目 普段から露地の里芋に近い生活をしていないとなかなかこうは詠めない
本格的に農業をしておられるはつをさんならではのリアリティ
里芋の葉の破れに十三夜の月の光が漏れている
葉の破れに月光が漏れているという措辞は大発見といってもいい
同じような事象を詠んでも作者の数だけ個性があるということの証左
三句目ははつをさんが師と仰ぐ芭蕉翁を偲ぶ句
<暮の秋>は<秋の暮>の関連季語
前述の通り <秋の暮>には秋の一日の終わりの意味と
秋という季節ひいては一年の終わりに近づくといういう意味合いがある
<暮の秋>とすれば後者の意味が明確になる

兎巣さんの句 順番に柿 南瓜(かぼちゃ)と秋の季語
三句目に兎巣さんの個性がよく出ている
万聖節(ばんせいせつ)はカトリック教会の典礼の一つ11月1日
カトリック教に限らずキリスト教の「諸聖人の日(Allsaints’Day)」に相当
いまではハロウィン(Helloween)というほうが分かりやすい
Hallows eveが訛ってHalloweenとなった(Wikipedia)
紀元前5世紀頃アイルランドの先住民・ケルト族の1年の終わりは10月31日
死者の霊や魔女が出てくると信じられていた
それらから身を守るために仮面をつけたり 魔除けの火を焚いたのが始まり
句としてはハロウィンと安易に用いなかったのが功を奏した
エイプリルフ−ルを万愚節と日本語でいうのに似ている


<同人欄>

「暗黒物質(ダークマタ−)」あきら(代表同人)vol.37

230(ニサンマル)万光年の銀漢なう

カオスから診るコスモスの不整脈

コスモスやダ−クマタ−を隠しをり

雁やダ−クマタ−の謎が謎

脳内の暗黒物質菊枕

香り濃き秋の薔薇園畸人傳

字句補足説明
順番に銀漢は初秋の季語 コスモス 雁(かりがね)と仲秋の季語 
菊枕は晩秋の季語 秋の薔薇園は秋の季語
230万光年先の銀河はアンドロメダ銀河(Andromeda Galaxy)
撮影するのはハワイ・マウイ島にある日本の国立天文台
マウラケア山頂(標高4,000m)にあるすばる望遠鏡(巨大デジタルカメラ)
2013年から稼動 (Wikipediaの画像検索が素晴らしい) 
暗黒物質 <ダ−クマタ−(Dark Matter)>
宇宙にある星間物質のうち電磁相互作用をせず かつ色電荷をもたない
光学的に観測できないとされる(すなわち見えない)仮説上の物質(Wikipedia)
ヒッグス粒子は遂に17番目の素粒子として確認されたが
ダークマタ−はまだ確認されていない
<菊枕>は菊の花びらを乾燥させて枕に詰めたもの 香りが高い
薔薇は春から初夏にかけて咲く(夏の季語)と四季咲きで秋にも咲く(秋の季語)ものがある
その手入れを僕は眺めているだけだが 気の遠くなるような時間がかけられる
そうして咲いた秋の薔薇は夏に比べてやや小振りながら 香りが濃い
<畸人傳(きじんでん)>はふと思いついた言葉で深い意味はない


「稲架」はつを(同人)vol.34

稲架襖の影のかかりて曼珠沙華

稲架かけるときに老夫は腰伸ばす

稲架を組む田の半分は稲穂波

稲架組むやところどころは二段積み

芋の露己が巻葉にかかりけり

字句補足説明
順番に表題の稲架(はざ) 稲架襖(はざぶすま) 曼珠沙華 
稲穂波と仲秋の季語
いずれも稲干すという基本季語の傍題
芋の露は秋の季語
<稲架>地方によって呼称は若干異なるが 
刈り取った稲を天日干しするために掛ける竹や木を組んだ木組み 
日本の農村の秋の原風景
挟(はさ)むの意から<はざ・はぜ>と呼ばれることが多い
<芋の露>俳句で芋といえば里芋のこと 観葉植物にもなる大きな緑の葉に
大粒の露 芋の露はことのほか意味が深い
七夕の歌を手向けるに 芋の葉を硯に滴して梶の葉に書くという風俗(Weblio)
七夕の朝 里芋の葉の露を集めて墨をすり短冊に願いを書くと
美しい字がかけるようになるという故事(増殖する俳句歳時記)
はつをさんは畑の現場の実感を直裁に詠まれ オリジナリティがある
<芋の露>といえば僕は飯田蛇笏(1885〜1862)
<芋の露連山姿正しうす>1914(大正3)年「ホトトギス」巻頭句 
「山蘆」所収がすぐに思い浮かぶ
蛇笏は在学中早稲田吟社で活躍 高濱虚子に師事した後
一時 河東碧梧桐らの新傾向の洗礼を受けるも 
虚子の俳壇復帰で「ホトトギス」への投句を継続
1914(大正3年)郷里の山梨県境川で俳誌「キラヽ」創刊
(のち「雲母」に改称)
俳人・飯田龍太(1920〜2002)は四男にあたる


<講評 あきら(茶柱句会主宰)>
10月22日京都・「時代祭」そして夜の「鞍馬の火祭」をもって今年の祭納め
最も俳句日和の句会だったが
参加者3(296名) 参加句数12(731句) ()内は累計数
はつをさんはコンスタントに投句欄と同人欄に無欠席で参加されている
以って範とすべし
茶柱句会に発表できるのは 毎月6句投句しても1年にたかだか72句
この程度のこともできないようだととても上達は覚束ない
もちろん量だけが指標になるわけではない<キラリと光る一句が大事>
だからこそ毎日・毎月の間断なき継続(すなわち量)が必要
茶柱句会はそのための投句の場
今年も残すは次回(第50回)一回限り
一層の奮起を期待したい

─俳句なう─
「第50回茶柱ツイッタ−句会」のお知らせ
11月8日〜11月22日締切り 12月8日掲載予定
一人6句まで(1ツイ−ト3句以内×2ツイ−ト)
兼題は<文化の日(11月3日)><七五三(11月15日)>
あるいは自由題(当季 晩秋)
本年 最終句会です奮ってご参加あれ


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