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井上あきら習作篇 その三十二 当季雑詠


「若葉」
鬱といふ字のこ難し若葉風


銀杏若葉途切れしビルにレストラン


鯉幟絡むタンゴのリズムかな


夏立ちぬ稜線を切る摩天楼


楠若葉掠めて過ぎる救急車


料峭や意識の岸の澪標




<字句補足説明>
【本稿の季語の説明については その多くを角川書店編
「第三版俳句歳時記 夏の部」によっています】

五月二日は雑節の八十八夜(立春から数えて八十八日目)
五月六日が二十四節気の立夏 これより俳句は夏の部へ
そこで今回は「若葉」の句
夏に入ってすべての樹木についた瑞々しい新葉
青葉はもう少し夏が闌(た)けたころ

「若葉風」(わかばかぜ)が夏の季語 若葉の傍題 
うつ病の患者がはじめて100万人を超えたとか
五木寛之さんと精神科医香山リカさんとの共著「鬱の力」にも
現代は「うつの時代」とある
それにしても「鬱」という字は こ難しくじつに憂鬱
ワ−プロのおかげで気安く用いてはいるが
この句「こ難し」で切れて
取り合わせた若葉風に爽やかに吹き飛ばしてもらおう

「銀杏若葉」(いてふわかば)が夏の季語
大阪の御堂筋は1933年(昭和8年)に開通
それに合わせて完成したのが大阪ガスビル
同時期の世界の建築と較べても遜色がない
むしろ 最先端のモダニズムの名作
御堂筋にあっても最も優美なビル
建築家安井武雄(1910〜1955)の設計
そのキャッチフレ−ズは
「使用目的及び構造に基ける自由様式」
最上階(8階)にガスビル食堂という本格的なレストランが
ここには 大大阪の佳き時代が息づいている
私はここのビ−フ・ム−サカが好きだ

「鯉幟」(こいのぼり)が夏の季語
五月五日が五節句の一つ端午
「端午」(たんご)の「端」は初めのこと 端緒の端
「午」(ご)は午(うま)の日 つまり月の最初の午の日
この句 その端午と「Tango」の語呂合わせ
鯉幟が風に揺れて絡みつく様を「Tango」に見立てた
タンゴは20世紀初頭にアルゼンチンで起こり
世界に広まったダンス曲あるいはダンスのこと
4分の2または8分の2の歯切れの良いリズムが特徴
男と女が絡みつきながらの猥雑な踊
原点はアルゼンチンのブエノスアイレスの港町
アフリカ移民の労働歌
第一次世界大戦(1914〜1919)の前触れのように
パリやロンドンに広まって世界的に大流行
そのソフィスティケ−トされた
コンチネンタル・タンゴとは区別されている

「夏立ちぬ」がずばり夏の季語 立夏の傍題
五月六日が二十四節気の立夏
景気がいいとはいえないが 生駒山の稜線がまた切られた
めっきり工事現場も減ったが 摩天楼が建つようだ

「楠若葉」(くすわかば)が夏の季語
楠の樹上をゆく高架の阪神高速道路
救急車が疾走すると このような光景

「料峭」(れうせう)は春の季語
他は夏の季語によるが この一句のみ特別に春の季語で割り込み
私の畏友ともいえる今は亡き先輩の友人だった女流作家
湯本香樹実(ゆもと かずみ)さんが「岸辺の旅」(文藝春秋)
─初出誌は文学界2009年9月号─を出された
今年の年賀状では 原稿を抱えて奮闘している様子がうかがえた
彼女の作品はそのようなご縁で1993年の処女作「夏の庭」以来
絵本も含めて全て読んできた
この作品で蛹から蝶に脱皮されたように思う
この句は その読後感想文に添えた一句
「料峭」は 春寒 春風の肌にうすら寒く感じられるさま
これは作品から感じた感覚で いまの季感とは異なる
今年の四月は まだ肌寒い日が続いているのに免じてお許しを
(206句目)


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