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井上あきら習作篇 その二十九 当季雑詠


「蓬餅」
千敗といふも勲章涅槃西風


人生はカオスの如し木の芽和


而して和解の席の蓬餅


√2の値を違ふ花見頃


桜にも遅速ありけり春泥尼


朧なる城こそよけれ伊州窯


陵守と立ち話をす桜守




<字句補足説明>
本稿の季語の説明については その多くを角川書店編
「第三版俳句歳時記 春の部」によっています
「涅槃西風」(ねはんにし)が春の季語
涅槃会(陰暦二月十五日)前後に一週間ほど吹き続く西風
西方浄土からの迎え風ともいわれる
「ねはんにし」と五音で読むところがいかにも俳句的
この千敗はいささか説明を要す
将棋の有吉道夫九段(73)が達成した偉大なる?記録
これまでの記録は棋士の加藤一二三(70)の1047敗が最高
強いからこそできる記録 勝ち数は1086勝(歴代8位)
55年もの長期にわたって第一線で活躍した証しともいえる
将棋界の頂点 羽生義治名人(38)への挑戦権をかけて順位戦が戦われる
順位戦はA B Cの三級あり A級が実力トップテン
有吉九段はA級在籍20を越えた
いまはC級2組 降級すると下はなく 自動的に引退
この句 千敗の悲喜交々の感慨と涅槃西風との取り合わせ
今回は取り合わせの習作をいくつか掲載
取り合わせとは 異質なものを激突させて新しい意味を生んだり 
感動を与える俳句の一手法のこと
俳人の藤田湘子(1926〜2005))は二物激突と表現した
うまくいけばよいが ヘタをすると大失敗になる
取り合わせる対象が 近すぎては面白くないし
離れすぎると なんのことやら分からない

「木の芽和」(きのめあへ)が春の季語
山椒の芽の風味を味わう料理
味噌に山椒の若葉を刻み込んだ「木の芽味噌」
に筍 蒟蒻 烏賊などを和えたもの
カオス(KHAOS)とは力学系の予測できない一見でたらめなふるまいを
記述するのに用いられる用語 漢字で表記すると「混沌」
ちょっとした初期状態の違いにより その後に生成されるものが
大きく異なるような現象 いわゆる複雑系の世界
例えば 気象や都市などの自然や社会現象など
ここにあげた人生などもカオス的ふるまいといえる
正直なところ よく分からないので
以下にいろんなカオス(K)を列挙するにとどめる
決定論的K 確率論的K 化学的K 生物学的K
散逸K 力学的K 分子的K 相対論的K(これは未知)

「蓬餅」(よもぎもち)が春の季語 草餅の傍題
蓬の葉(餅草)を茹でたものを搗き込んだ餅で餡を包んだもの
濃い緑色と蓬の香が魅力
これを食べると少々の苦労など吹き飛んでしまう
春の魔術師のような草餅
而して(しかうして)は漢文の訓読のときによく登場
「そうして」とか「それから」というような意味の接続詞
「和解」はひらたくいうと「なかなおり」のこと
裁判所での和解調停もあるが この句の和解は「なかなおり」
その席にふさわしい和菓子といえば・・・
おはぎ 最中 羊羹 桜餅 柏餅 いろいろあるが
この時期 やはり「蓬餅」ではなかろうか
取り合わせとは つまりこのように
つきすぎず 離れすぎず なるほど と納得できる
意外性と蓋然性の頃合が大事

「花見頃」が春の季語 花見
前回の√2の句について 読まれたある方から
示唆に富んだ一言を戴いて作った
長い数の羅列の覚え方「1.41421356」を
「一夜一夜に人見頃」と覚えたもの
それを春に免じて「1.414287356」
「一夜一夜に花見頃」と違て(たがえて)読んで
できた春ならではの一句
数学では許されないが俳句なら・・・

「桜」が春の季語
「生きとし生ける物」みな すなわち仏教でいう「衆生」は 
それぞれ一筋縄ではいかない事情をもっている
桜にも開花時期などに遅速があったり
一つや二つどころではない もっと多くの事情をもっている
この句 春泥尼(しゅんでいに)との取り合わせ
春泥(しゅんでい)は
春先 雪解け水でできる「ぬかるみ」で春の季語でもある 
が「春泥尼」は天台宗のれっきとした僧で
作家の今東光(1898〜1977)の「春泥尼抄」(1958)の
主人公の尼僧の名
今東光ほど天衣無縫な御仁は他に知らない
天台宗の末寺を数多く経営再建したり(その功績で大僧正に)
私がその名を知ったころは 大阪府貝塚市にある水間寺の住職で
直木賞候補に毎回 その名が挙がっていた
映画化された「悪名」「闘鶏」などの作品が思い浮かぶ
河内の民衆の本音を赤裸々に表現して 官能的な描写も多く
弓削の道鏡のような存在に思われたこともあった

「朧」(おぼろ)が春の季語
春は大気中に水分が多いので 物の象(すがた)が朦朧と霞んだように見える
朧は春の夜の 万物が霞んで見える現象
城というのは元来 軍事施設
あまりくっきり しゃしゃりでてくるのは いただけない
朧くらいにぼんやり見えているのが平和
この伊州窯は 私の畏友が趣味で運営されている本格的な窯
伊賀の上野城が遠望できる
その完成を祝う一句

「桜守」(さくらもり)が春の季語 花守の傍題
桜花の番をする人 公園や庭苑などを巡回している園丁とみてもよい
陵守(はかもり)は御陵の番人
この句 陵と花の番人が立ち話をしている というだけの情景
なんの話をしているのかは 読者の想像に委ねられている
(187句目)
***お詫びと訂正***
前回 王仁の<難波津に咲くやこの花>の歌の解釈で<花は桜>としましたが
この歌は 仁徳天皇即位を祝う歌で<この花>の<花は梅>が正でした


井上 明関連サイトリンク
暮らし方研究会
http://www.kurashikata.gr.jp

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