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井上あきら習作篇 その二十一 当季雑詠


「流星」
竝びゐて宿す秋風エンタシス


金木犀極彩色のころの寺


秋深し古地図を歩く浪華かな


無から無へ流星の消ゆ刹那かな


榧の実はフォアグラのごと杣人(そま)の言ふ


かさこそとものの吹かるゝ秋の暮


われ想ふわれすでになくすすきの野


遠目にも山粧ふてをりにけり




<字句補足説明>
「秋風」(あきかぜ)が秋の季語 
唐招提寺の金堂が10年がかりで解体修復された
基壇があって大らかな屋根がある(井上靖の「天平の甍」)
それを八本のエンタシスが支えている
木造のパルテノン
ここがシルクロ−ド駅伝の到達点
アンカ−は鑑真
759年(天平堂宇3年)戒律を守るための修行道場として開設
芭蕉の句に<若葉して御目の雫拭はばや>がある
金堂自体は8世紀後半(780年頃)の造営
エンタシスは 上のほうが細く 
円柱のなかほどをふくらませたギリシャ・ロ−マの柱の様式のこと 
ギリシャのパルテノン神殿は白い大理石のエンタシス
構造よりも視覚的な安定をはかるための工夫
この句 壁から独立した八本の木の列柱空間に秋風が宿っているところ

「金木犀」(きんもくせい)が秋の季語
秋の芳香といえば金木犀
この句 その芳しい香りに誘われ 
極彩色だった創建当時の寺院を思い浮かべているところ
読売新聞 正倉院と南都寺院(中)に今回の修復過程で奈良教育大学准教授
大山明彦さん(絵画記録保存)の調査によって
唐招提寺金堂正面の五組十枚の扉が
「宝相華」(ほうそうげ)という空想の花の文様が黒 白に加え 
赤 青 緑 赤紫などの極彩色で埋め尽くされていたことが
復元図とともに報告されている
私が和辻哲郎の「風土」や「古寺巡礼」に触発されて巡礼した頃は
既に極彩色は剥がれ わびさびの風情だった 
極彩色の日光東照宮などは忌むべきものという偏見をもっていた 
つまり 真の素地は「伊勢」だけだったということ?
2004年 玉虫の翅を貼り替て復元された法隆寺の「玉虫の厨子」は
1400年前の姿を伝え 気品がありながら じつにきらびやかなものであった

「秋深し」(あきふかし)が秋の季語
深秋 秋さぶ 秋闌ける 秋深む
最も有名な一句 芭蕉<秋深き隣は何をする人ぞ>
高浜虚子では<彼一語我一語秋深みかも>
「大坂」は室町から江戸時代の表記 明治になって「大阪」に
浪華(なには)には難波 浪速 浪花などいろんな表記がある
最も古くは難波宮の難波 難波津とも呼ばれていた頃
夏の蒸し暑い時期には 古地図を出して歩こうという発想すらできないが
秋も深まってくると 漫ろ(そぞろ)歩き心が起こる
近所にある裁判所は もと佐賀 鍋島藩蔵屋敷の跡
摂州大坂八百八橋 大坂名所一覧 摂津名所図会など古地図もいろいろ
ただ 歩くのではつまらなければ 近世の古地図を携えてゆくのも一興
この句 古地図(で)歩くのではなく 古地図(を)歩いている
古地図の通りピッタリというほど甘くはないが
  そのズレを楽しむ遊び心
必ずしも歩かなければならないというものでもないが
歩けば滴塾あたりで 右近に扮した栗山千明に出会えるかも
 
「流星」(りうせい)が秋の季語
流れ星 秋頃によく発生するから
その正体は宇宙塵 地球の大気中に入り込んで摩擦で燃焼発光する
燃焼し尽さず落下したものが隕石と呼ばれる
夜空に忽然と現れ忽然と消える
巷間言われるところの<願い事をすると叶う>
そんないと間もない刹那の 一瞬の光
この句 <無から無へ>という措辞は五音でそれを表している
今年は10月21日の夜半から翌未明 オリオン座流星群発生

「榧の実」(かやのみ)が秋の季語
杣人(そまびと)(略してそま)は樵(きこり)のこと
「杣」(そま)は樹木を植えつけて材木をとる山
杣山から伐り採った材木を杣木
それを伐り採ることを業とする人が杣人
山や樹木のことを熟知した人が多い
焙烙(はうろく)素焼きの平たい土鍋で炒って
それを粉状にして丸めて食べると
「フォアグラのように美味い」と教えられた
まだ試していない しかし 想像はできる
榧に限らず ほとんどの木の実は
実生(みしゃう)となって次世代に生命を繋ぐ大事な種子
栄養源としての油の塊のようなもの
他の生物に簡単に採られないように
防御されてもいる それが灰汁(あく)
人間が食べるには灰汁抜きの手間を惜しんではならない

「秋の暮」(あきのくれ)が秋の季語
枝を離れた葉は乾燥して軽くなり
  わずかの風にも吹かれ
かさこそと涸びた音を立てる
秋の暮れの「あ・は・れ」は肌寒さばかりではなく
ことに夕暮れの
かさこそとした音の「あ・は・れ」も加わって増幅される

「すすき」(芒)が秋の季語
<われ想ふ故にわれ在り>西洋の自我<コギト エル ゴスム>
その「自我を否定する」東洋の無我
その象徴としての芒との取り合わせの句
白銀の芒の野ではなおさら
関西には奈良と三重県境の曽爾(そに)高原 
大阪と和歌山県境の生石(おいし)高原に
広大な白銀の「すすきの野」がある
このような場所では外来種の背高泡立草なども入り込めないらしく
一面に芒だけが生い茂っている そこには デカルトもはや存在せず
芒と共に揺蕩ふ(たゆたう)一個体があるばかり
  
「山粧ふ」(やまよそおふ)が秋の季語
中国 北宋の画家 郭煕(かくき)の絵の極意書「臥遊子録」が原典
秋は空気が澄んでいるから遠目にも様子が見える
<秋山 明浄にして粧ふが如く>に描けの心を素直に句にした

*
今回で第二部習作篇はちょうど一年 <石の上にも三年>といいます
今回までの掲載句数は143句 <習作500句>目指します

井上 明関連サイトリンク
暮らし方研究会
http://www.kurashikata.gr.jp

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