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井上あきら習作篇 その十九 当季雑詠


「柞紅葉」
一房の葡萄遥かに思ふこと


ユーラシアの離れ小島や大相撲


鰯雲塞翁が馬いづくへと


猿棲む柞紅葉の林かな


十三夜程度の欠けの夫婦かな


一村を見渡すところ木守柿


萱葺の軒深々と柿簾


畏友には新酒を手向くわれも酌む


月ふたつ欠くることなくこともなく




<字句補足説明>
「葡萄」(ぶだう)が秋の季語 
「一房の葡萄」といえば白樺派の有島武郎(1878〜1923)の童話
そんなに文学好きでもない子どもだった私がずっと覚えていた話
作者が横浜英和学校での体験をもとに創ったといわれている
絵を描くのが好きな日本の少年が
ジムという同級生が持つ舶来の絵の具の色に魅せられてそれを盗んでしまう
それを彼が大好きな女の先生に穏やかに諭されてゆく様子が丁寧に描写される
その過程で先生が?(も)いでくれた一房の西洋葡萄が登場する
先生のお陰でジムとも和解 これなら不登校はなくなる

「相撲」(すまふ)が秋の季語
古く陰暦七月に宮中で相撲節会(すまいのせちえ)が行われ
叡覧(えいらん)天子がご覧になることがあったため秋の季語 
いま国技としての大相撲はユ−ラシア大陸から剛者が大勢参戦して賑っている
この句 ユ−ラシア大陸の離れ小島と揶揄して
日本人力士の不甲斐なさを嘆いている
石川啄木に<東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる>がある

「鰯雲」(いわしぐも)が秋の季語
塞翁が馬(さいおうがうま)は中国前漢時代の思想書「淮南子」(えなんじ)
人間訓の故事に由来
<人間(じんかん)万事塞翁が馬>というように用いられる
人間(じんかん)とは人間というより世間というような意味合い
<禍福は糾(あざな)える縄の如し>(史記 南越列伝)と同様の意味合い
この句「鰯雲」と「塞翁が馬」との取り合わせの句
 
「柞紅葉」(ははそもみぢ)が秋の季語
一般的にはブナ科の落葉高木 小楢をさす 昔の武蔵野一帯の雑木林
地方によっては楢 櫟(くぬぎ)柏なども含められる 赤銅色の逞しい紅葉林
常緑の照葉樹林の対極にある落葉樹の原生林
この落葉が腐葉土となって山の保水力を高め 
植生を育みつつ多様な生物相を育む
私は葛城山麓で猿(ましら)が大勢元気に棲息しているのに驚いた

「十三夜」(じふさんや)が秋の季語
後の月 名残の月 豆名月 栗名月
陰暦八月十五日は十五夜はつとに有名 いわゆる仲秋の名月(今年十月三日)
陰暦九月十三日(今年十月三十日)も劣らず美しい月とされ愛でてこられた
お月見をするときは必ず両方ともにせよという言い伝えがある
片方だけの月見は「方見月(かたみのつき)」として良くないことと戒められた
<十三夜程度の欠け>とは百点満点ではないがかなりの高得点 しかし
十三夜の季感はどことなく寒くうら寂たもの 熟年夫婦の機微でもあろうか
昭和十六年(1941年)の歌謡曲に「十三夜」(石松秋二作詞)がある
<河岸の柳の行きずりにふと見合わせる顔と顔>に始まり
<青い月夜の十三夜>と結ばれる

「木守柿」(きもりがき)が秋の季語
柿の木に一つだけとり残された柿
来年の収穫を祈念するためとか禽獣(きんじゅう)へのお裾分けとか
いろんな言われがある
秋も深まった人里の一点の柿色は
たんにその柿の木を守るだけでなく 一村を守っているかのようで愛おしい

「柿簾」(かきすだれ)が秋の季語 
日本の民家の原風景とでもいえる急勾配の萱葺(かやぶき)屋根
干し柿を吊るす深い軒 まだ干したての頃は柿色も鮮やかで華やいでみえる
屋根の大きさも軒の深さも構造上理にかなったもの
柿簾も渋柿を食す生活に根ざした智慧
自然と共に慎ましく暮らすとこんな光景になる

「新酒」(しんしゅ)が秋の季語
今年酒 新走(あらばしり)利酒
基本的には新米で醸造した日本酒
かつて酒は自家製で 農家では収穫後の米をすぐに醸造したため秋季となった
日本酒以外に葡萄酒も秋に仕込むが 
ボジョレヌ−ヴォウは11月中頃以降でこれも新酒
この句 亡くなった畏友(ゐいう)には敬意を払って新酒を手向けて自分も
ご相伴しよう というもの
サントリ−オ−ルドが好きだった人にはそれを

「月」が秋の季語
<月ふたつ>とは 天の月と湖の月 比叡山から琵琶湖を眺めた実景
<欠くることなく>は満月であるということ
<こともなく>は漢字にすれば「事も無く」何事もないかのように平気だ
つまり 天と湖の境目が分からない虚空に
平然と月が二つあるかのように見えて狼狽したということ
永らく句にできなかった これとて推敲中の習作
こんなことくらいに狼狽えていては俳人になれない

井上 明関連サイトリンク
暮らし方研究会
http://www.kurashikata.gr.jp

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