茶柱横町 茶柱横町入口へ
 
 
プロフィールを見る
前を見る 次を見る

井上あきら習作篇 その十八 当季雑詠


「菊酒」
風の盆延々と観るエンドロ−ル


熊楠の粘菌見たり白露かな


菊酒や六十四ともなりぬれば


もののけの宴の跡か朝の萩


萩真白三鬼が子規を拝みけり


さゞ波も寄せくる波も秋の水


秋水や大宗匠の佇まひ


朝寒し明けの明星とのあはひ


獺祭忌竝ぶ前後の忌日かな


秋彼岸夕陽丘を独りゆく




<字句補足説明>
「風の盆」(かぜのぼん)が秋の季語
越中八尾(やつお)の風の盆
立春から数えて二百十日の九月一日から三日三晩踊り続ける
越中小原節はここが本場 風の神を鎮め 豊年を祈る行事
いまではその本質よりも 風の盆の町をあげての踊りそのものが関心を呼び
県外から多くの観光客を集めている
以前ご紹介した大阪芸術大学教授の中山一郎さんのご縁で
かつて風の盆の伴奏と踊りをつぶさに拝見したことがある
三味線と太鼓はともかく 胡弓の音が独特の哀調をもって通奏低音になっていた
何故ここに胡弓があるのか?
もしなければ・・・
エンドロ−ルとは映画の「終わり ENDあるいはFIN」の後に
制作スタッフの役割や名前が文字だけで延々と流れるもの
ほとんどの人が席を離れて見ない部分
私は昔からここが好きでよく見ていたものだ
ATG系のものやそれぞれに個性があってグラフィックとしても面白かった
この句 風の盆そのものが 最初から最後までエンドロ−ルではないかと詠む

「白露」(はくろ)が秋の季語
二十四節季の一つ 九月七日
熊楠は博覧強記で博物学者の南方熊楠(1867〜1941)
粘菌の世界的権威だった和歌山の田辺に住み熊野の山々を踏査した
百年以上も前に 鎮守の森の生態系の貴重さに警鐘を鳴らしたのも熊楠
田辺湾の神島や鎮守の森を破壊から救った環境保全運動のパイオニア
粘菌とは植物と動物の性質を持ったアメ−バ−
アメ−バ−状の性質と菌類のような子実体を持っている微生物
9月から11月にかけて活動が盛んになる ことに白露の頃
別に熊野古道まで行かなくても
近くの公園の朽木を仔細に観れば見つかることもある
じつに妙ちくりんな生命体

「菊酒」(きくざけ)が秋の季語
菊の花を浸して飲む酒 味醂の一種
陰暦九月九日は重陽(ちょうやう)九という数字を陽数とした陰陽術による節句
五節句の最後にあたる 今年は2009年9月9日で9,9,9のスリ−ナイン
宮中行事として続いてきたが 明治以後廃れた
六十四は私の年齢
であるとともに戦後六十四年経ったということ そして
The Beatles「When I'm Sixty-Fours」
和題「六十四歳になったら」への返答として 菊酒と取り合わせた句

「萩」が秋の季語
秋の七草の一つ 秋に草かんむりをつけて「萩」
とにかくよく零れる花だ 秋風がそよいだだけでも
貴婦人が静かに通り過ぎただけでも零れる そこに儚さを感じる 秋の風情
この句 朝の萩は 夜中にもののけが宴会でもして食べ散らかしたかのように
辺りに花を散らしている と詠む
山上憶良<萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花>
(万葉集巻八)
秋の七草が詠み込まれている 朝貌の花はいまでは桔梗のこと

つづいて「萩」
三鬼は山口誓子(1901〜1994)と共に
「天狼」を運営した西東三鬼(さいとうさんき)(1900〜1962)
新興俳句運動の旗手 その三鬼に正岡子規を拝んだ句
<萩真白海渡りきて子規拝む>があって興味を持った
子規にも萩の句<白萩のしきりに露をこぼしけり>いずれも歳時記の例句から
この句 三鬼の<萩真白>をいただいて詠んだ

「秋の水」が秋の季語
秋水(しうすい)水の秋
秋になって澄み渡った水 夏の濁りとはあきらかに違う透明感が秋の季感
<野外の水 器の中の水 どこにある水も澄み渡り
しばしば曇りなく研がれた名刀にたとえられる>と歳時記にも記されている

「秋水」(しうすい)が秋の季語
大宗匠は裏千家前家元 千玄室(1923〜)さん 2008年10月16日読売新聞
「生老病死の旅路」欄「今は無心 無手勝流の構え」の文中
千利休の言葉<叶いたるはよし 叶いたがるは悪しし>に感銘を受けて


「朝寒し」が秋の季語
「あはひ」は「間」のこと このあたりの表現は微に入り細に入りじつに多様
日本語の文化の真骨頂
歳時記に秋の季語だけで<冷ややか 冷ゆ 秋冷 下冷え 朝冷え 夕冷え
爽やか 爽気 さやけし さやか 身に入む そぞろ寒 やや寒 肌寒 朝寒>
秋の皮膚感覚の日本語表現がまるで色彩のグラデ−ションのようにある
この句 朝寒で早く目を覚ましたところ 明けの明星が目に入り感動したところ
お釈迦様はこの星をみて悟りを開かれたようだが
私は美しさに感動するばかりで この一句が精一杯
 
「獺祭忌」(だつさいき)が秋の季語
子規忌(九月十九日)糸瓜忌(へちまき)
俳句の近代化を実現した正岡子規(1867〜1902)の命日
子規は自らの居を「獺祭書屋」と号したところから命名された
参考書を開け散らかして研究をした様が獺(かわうそ)が
獲物を並べる様子に重ねたものといわれている
  歳時記を眺めると前に鬼城忌(九月十七日)
夜半忌(八月二十九日)林火忌(八月二十一日)
水巴忌(八月十三日) 普羅忌(八月八日立秋) 後ろに
汀女忌(九月廿日) 蛇笏忌(十月三日) 素十忌(十月四日)
年尾忌(十月二十六日)源義忌(十月二十六日)と
錚々たる俳句の使徒の忌日が並ぶ 

「秋彼岸」(あきひがん)が秋の季語
九月廿日彼岸入りから彼岸明け九月二十六日まで
彼岸中日九月二十三日が秋分の日 この間シルバ−ウイ−ク
「彼岸」だけだと春の季語にするという歳時記上の約束事がある
この句 大阪の上町台地
(四天王寺から大阪城の南端辺りに延びる岬のような古代からの台地)
夕陽丘はこの一帯のこと 大昔はここから西がすぐ海だった
南端の一心寺 四天王寺などから
多くの寺院や神社が軒をつらね北端は大阪城の傍まで
春も秋彼岸も線香の香が絶えない
日想観(にっそうかん)については他日に譲りたい

*
昨年の11月8日から始めた茶柱句会第二部
井上あきら習作篇も「その十六」で百句を数え
今年の11月8日で丸一年を迎えます まずは一年継続を達成した後
俳句を共に作り 共に味わう
双方向の試みを愚直に遂行しつつ模索して参りたいと思っています

井上 明関連サイトリンク
暮らし方研究会
http://www.kurashikata.gr.jp

第60回
茶柱ツイッタ−句会

第59回
茶柱ツイッタ−句会

第58回
茶柱ツイッタ−句会

バックナンバーINDEX
前を見る 次を見る
| 著作権について | このページのトップへ | 茶柱横町入口へ |