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<祝四周年>茶柱句会
井上あきら句作篇 その十五 当季雑詠


「滝」
門前に竝ぶ自販機蝉しぐれ


自販機はルルドの泉常夜灯


海亀の産卵覗き忸怩たり


両眼を水中眼鏡一つにす


滴れる山の憂鬱突き抜くる


一歩出で滝の光となりにけり


滝一本重力の掟のまゝに


蒸し暑き十五時に淹る熱き珈琲


片蔭の甍の縁や片泊まり

                                       
湾景に海月の泪耀ろへる


突堤の亀裂に走る夏の草


四方に立ち大阪を攻む雲の峰


恬淡と西日を返すビルの谷


白亜紀の骨にしみ入る蝉のこゑ


ちはやぶる貴船の鮎は皿に跳ぬ




<字句補足説明>
「蝉しぐれ」が夏の季語
門前だから大きな社寺の入り口辺り 自販機がずらりと並んでいる景
竝ぶ(ならぶ)は並ぶに同じ
いまや全国津々浦々 自販機のないところを探すほうが難しいほど
もはや「標準景色」といってもよい普及ぶり それは古都でも同じ
景観破壊もはなはだしいのに なぜかあまり文句は聞こえてこない
この句 少しシニカル(皮肉っぽく)に蝉しぐれに助けられた景を詠む

「泉」(いづみ)が夏の季語 湧き出でる清冽な清水 その涼感が夏に有難い
ルルド(Lourdes)はフランスとスペインの国境をなす
ピレネ−山脈の麓の小さな町
聖母マリア出現の伝承があり奇跡の泉「ルルドの泉」は
カトリック教会の巡礼地になっている(この項Wikipedia)
この句 現代の自販機を奇跡の泉に譬えたもの
現実には街角に並んでさながら参道の常夜灯のようでもある
百円となにがしかで癒される現代的奇跡の泉
聖母マリアに出会えるのは無理でも
マリちゃんになら自販機の前で出会えるかも
ちょっと肯定的にとらえた自販機の景

「海亀」が夏の季語 海亀が産卵のため上陸する時期
夜の砂浜に懐中電灯を持って 海亀の産卵を観る人の群れ
崇高な生の営みを覗く という人間の行為そのものがいかにも猥雑
自分もその一員だったことを忸怩(ぢくぢ)恥じいっている様子
何十年か前に徳島の日和佐というところで群れに加わった原罪がある

「水中眼鏡」が夏の季語
いろんな形があるが 昔の定番は両眼と鼻まで入る大きな水中眼鏡
慣れるまでは少し違和感がある
一度水につけてから水抜きをするコツがいった
シュノ−ケルはその後しばらくしてから登場

「山滴る」(したたる)が夏の季語 夏山蒼翠(そうすい)にして滴る如く
「山笑ふ」は春の季語 春山淡冶(てんや)にして笑うが如く
「山装ふ」は秋の季語 秋山明浄(めいじゃう)にして装うが如く
「山眠る」は冬の季語 冬山惨淡(さんたん)として眠るが如く
に描けという中国北宋の画家 郭煕(かくき)の絵の極意書「臥遊子録」
を原典として季語に入れられた(この項の出典を失礼ながら失念)
NPO季語と歳時記の会には「郭煕画譜」を原典とすると簡明に記載
大阪から突き抜ける山は生駒山 長いトンネルを抜けるとそこは奈良県

「滝」が夏の季語  滝の周囲は涼気が漂う 涼感こそが夏の季感
涼気は今風にいうとマイナスイオン 
でも涼気はやはり涼気のまま素直に感じたい
しばらく少し離れて眺めていたが
一歩前へ出た途端 滝の飛沫(しぶき)を浴びて 滝の光の一部になった

こちらも同じく「滝」が夏の季語
前の句と異なり 滝を遠望しているところ
写真でもおなじみの青岸渡寺の搭を手前に置き
那智の山から一本落下する那智の滝の景を思い浮かべていただけたら結構
青岸渡寺(せいがんとじ)は那智観音大社の神宮寺 那智山は観世音菩薩が住む補陀落(ふだらく)信仰の補陀落山(ふだらくせん)に擬されている
注連飾りの結界から滝は迷うことなく 重力の掟(おきて)=引力 のままに
一直線に落下 やがて補陀落渡海(ふだらくとかい)の熊野灘に流れてゆく
神の滝ゆえ七月十四日の熊野那智大社扇祭(那智の火祭り)に際して
滝の注連飾が張り替えられる
難渋な作家ト−マス・ピンチョンに「重力の掟」というとてつもない作品がある そういえば熊野では「枯木灘」や「重力の都」の
中上健次(1946〜1992)がはずせない
蛇足ながら日本三大火祭? ここ那智と鞍馬はすぐ思い浮ぶが あとひとつ
ネット検索で久留米市にある大善寺 玉垂宮(たまたれぐう)の鬼夜と判明
その共通点はいずれも神仏習合の神宮寺だったこと

「蒸し暑き」が夏の季語 実感そのままの季語
蒸し暑い十五時だから午後3時 不快指数80を超えると全員が不快に思う
蛇足ながら計算式を記しておきます (この項Wikipediaによる)
不快指数(DI)=0.81T+0.01U(0.99T−14.3)+46.3
DI(Discomfort Index)戦後アメリカ発の指数(いまでは温度湿度指数と改称)T=気温(℃) U=相対湿度(%)
因みに気温29℃ 湿度70%で不快指数80
この句 熱いコ−ヒ−を淹(い)れて迎撃しようというコ−ヒ−ブレイク

「片蔭」(かたかげ)が夏の季語 特に夏の午後一方が物の陰になっている所 
甍の陰ができているので 京の町家あたり
その陰の縁を辿りながら宿を出て行きつけの夕食の店に行くところ
「片泊り」(かたどまり)は夕食をつけず
一泊朝食付きで泊まること 気軽な夏の一人旅
 
「海月」(くらげ)が夏の季語 水母とも書く 鉢虫網の刺胞動物の総称
ゆらゆらと水に浮んでいる様子がいかにも涼し気 夏に求められる季感
この句 ウオ−タ−フロントの夜の湾景の
耀ろひ(かぎろひ=陽炎 輝き)を眺めにきた
海月の泪(なみだ)と見立てたもの

「夏の草」が夏の季語 夏の草は生命力に満ちている
  突堤の亀裂は たいてい不同沈下による 表層の舗装が斜めにひび割れ
その僅かな裂け目に根を張って夏草が青々と育っている
あたかも草が走っているように亀裂が強調されて見える
草にとっては過酷な最果ての地
不同沈下=不等沈下は 場所によって沈下量が異なることによって起こる現象
因みにピサの斜塔もこれが原因
夏草の句としていつも胸につかえている二つの句
芭蕉<夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡>
山口誓子<夏草に汽罐車の車輪来て止る>

「雲の峰」が夏の季語  入道雲のこと
大阪の高層ビル群を包囲するかのように
四方(よも)に雲の峰が湧き立っている景
湾岸から眺めるとそれがよく分かる
 
「西日」が夏の季語
「恬淡」(てんたん)は無欲で拘りのないこと
ビル群の西面は淡々と西日を返している
来た以上に返そうとか手を抜くという様子もない
無秩序で都市美の欠如した大阪の街も
エ−ゲ海の集落のように美しく見える一瞬がある
夕方になると東の窓からそのような景色と熱を持たない光が入ってくる

「蝉のこゑ」が夏の季語
白亜紀(はくあき)は1億4000万年〜6500万年くらい前の約8000万年間
地球温暖化によって草食恐竜(ティタノサウルスなど)が増加した時代
兵庫県の丹波地方に
中生代白亜紀の丹波層群から恐竜(丹波竜)の化石が出ている
いまはただ その発掘現場に蝉の声が還流するように染み入っている 
「蝉の声」の句は芭蕉「奥の細道」立石寺(山寺)にて
<閑(しづ)かさや岩にしみ入蝉の声>があるが較ぶるもおこがましい

「鮎」が夏の季語 独特の香りがあるところから香魚とも「川床」も夏の季語
貴船(きぶねと濁る)は京都の北 鞍馬山の貴船川沿いの集落
貴船神社は水を司る神が祭神
下流の鴨川の水源地 降雨 止雨 蓄雨の神 航海安全の神
貴船川の上流の床はまさに神の渓流 これほど涼しい床は他にみられまい
その床の上の夏料理 わけても鮎の塩焼きは貴船ならではのご馳走
鞍馬山は地質学上(想像を絶するが)大昔に海底が隆起して出来たところ
難波津に黄色の船(貴船の語源)に乗って現れた玉依姫のご託宣で淀川を上り
鴨川をさらに上って右へとれば鞍馬川
そこを左へとって貴船川に到るスト−リ−は
不可視になりつつある関西(京 上方)の地理を鮮明に想起させてくれる
「ちはやぶる」は神(ここでは貴船の)にかかる枕詞

<お知らせ>
7月22日は編集の都合により更新されませんので拡大号にしています
次回「その十六」は8月22日の更新予定です

井上 明関連サイトリンク
暮らし方研究会
http://www.kurashikata.gr.jp

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