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井上あきら句作篇 その十四 当季雑詠
「炎帝」
草いきれ斑鳩の搭見へ隠れ
もてなしに媼がゆらす団扇かな
アスファルト炎帝が吐く捨て台詞
ビルの谷打ち水をする茶髪かな
雲の峯生るゝ地球の円弧かな
焼酎の詩よりも詩的コマ−シャル
初蝉の声嗄れてをりにけり
すれ違ふ江戸風鈴や北新地
<字句補足説明>
「草いきれ」が夏の季語 草の茂みから起る むっとするような熱気のこと
斑鳩(いかるが)の里には法隆寺の五重塔の他
法輪寺 法起寺などの三重塔が点在
田畑の間に間に見え隠れ 草が伸びた夏も盛りの頃には
それが一層隠れて見える
鼻からは夏の草いきれが襲ってくる 夏の古寺巡礼の景
「団扇」(うちは)が夏の季語 暑い時期を涼しく過ごす知恵の方の季語
この句 遠来の客をもてなす媼(をうな)=
老女がゆっくりと団扇で扇いでいるところ
団扇はきっと深草団扇だろう
冷房のなかった頃の佳き名残りが媼にはいまだにうけ継がれている
「炎帝」(えんてい)が夏の季語 火と夏を司る神のこと 中国古伝説上の帝王
アスファルトに蓄熱された熱気は容易に冷めない
陽が沈んでからも発熱を続ける
これが都会の熱帯夜(ヒートアイランド現象)の要因のひとつ
この句 その蓄熱された熱気を炎帝の捨て台詞と見立てたもの
「打ち水」(うちみず)が夏の季語 こちらは暑さを静め 涼しくする方の季語
窓から路地を見下ろすと 茶髪の若者が打ち水をしている
「雲の峯」(くものみね)が夏の代表的な季語 入道雲のこと
この句 地球の円弧は水平線についての措辞
そこから入道雲が生(あ)るゝ(生まれている)ように見えるところ
芭蕉「奥の細道」(1689年)のピークのところに<雲の峯幾つ崩れて月の山>
という壮絶な句が置かれている
それから酒田へ出て<暑き日を海に入れたり最上川>と締めくくる
「焼酎」(しゃうちゅう)が夏の季語 泡盛 麦酒(ビ−ル)梅酒も夏の季語
昔は焼酎が暑気払いに愛飲されたところから夏の季語入り
それにしてもTVのCMで焼酎の詩的なイメ−ジにそそられどうし
酒飲みの焼酎のイメ−ジを一新してみせた制作者らの大手柄
「初蝉」(はつぜみ)が夏の季語 蝉の初鳴きのこと
発声練習をしないと プロの歌手でも出だしから声の調子は上手くいかない
この句 その年はじめての蝉の声が
嗄れ(しはがれ)ていたのを聞き逃さなかった
作者の聴覚の冴 嗄れ=掠れ(かすれ)
「風鈴」(ふうりん)が夏の季語 涼やかな音色が夏に求められる季感
江戸風鈴は色鮮やかな透明ガラスの風鈴 音色も涼やか
その江戸風鈴などを天秤棒にぶら下げて売り歩く「風鈴売りの源さん」と
大阪の北新地ですれ違った 江戸が大阪にタイムスリップした一瞬の清涼感
風鈴といえば飯田蛇笏(1885〜1962)に<くろがねの秋の風鈴鳴りにけり>
俳句という器に過不足なき堂々たる名句がある
井上 明関連サイトリンク
暮らし方研究会
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