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井上あきら句作篇 その十三 当季雑詠


「涼し」
吊り橋の涼しかりけり十五間


京都御所清涼殿の涼しさよ


エントロピ−西日の部屋のテレサ・テン


夏便り胸にざらりと星の砂


夜光虫星を定めて舵握る


宮大工の指矩合はせ夏の月

                                             
常若と無常のことや合歓の花




<字句補足説明>
「涼し」(すずし)が夏の季語 暑い夏に涼気を覚えること
暑さの中に涼しさを捉えて夏を表現する 俳句の季語の妙のひとつ
この句 吊り橋にその涼しさを感じたもの
十五間(三十米弱)ほどの吊り橋
大きからず小さからずのその姿は「涼し」の季感そのもの

こちらも「涼し」が夏の季語
京都御所の紫宸殿は天皇の公的な執務のための中心施設
それに対して清涼殿は生活空間 紫宸殿の威厳はなく
いわゆる寝殿造りで涼し気に構成されている
吉田兼好の「家は夏をもって旨とすべし」のお手本そのもの
柱と梁による日本の木造軸組構造の特質を活かして
襖を取り外せば大きな一室になる
透け透けの空間を襖や障子 衝立 屏風などの簡易な可動間仕切りで
自在に区切るアイデアに満ちている それを「涼し」と見た

こちらは「西日」(にしび)が夏の季語
「涼し」とうって変って暑苦しさのダメ押しのような「西日」
これぞまさに夏の季語
「エントロピ−」という言葉を簡明に要約するのはとても難しい
そもそもが熱力学(第二法則)の用語 誤解を恐れず要約すると
熱は熱い方から冷たい方へ流れて その逆はないという経験則のこと
中村雄二郎著「述語集」(岩波新書)によると
エントロピ−の法則 つまり熱力学の第二法則
「エネルギ−は一つの方向のみに
すなわち使用可能なものから使用不可能なものへ
秩序化されたものから無秩序の方向へと変化する」とある
汎用性があってある時期 いろんな分野にこの用語が拡大解釈された
私は難しいことは抜きに「時間不可逆」というように観念的に捉えて
たどたどしく用いたし いまも俳句に用いようとしている
この句は理屈の句で素直ではない じつに暑苦しい句
その意味で「西日」の季感とどこかでつながっている
関西では「西日」の当たる部屋は暑苦しいので賃料が安いことの代名詞 
一方 テレサ・テン(1953〜1995)は
1980年代に日 中 台 アジアの歌姫として活躍し
1995年突然チェンマイで急死した 全華僑のアイドル的存在
「時の流れに身をまかせ」「空港」「愛人」などのヒット曲がある
句としては 「エントロピ−」と「テレサ・テン」とのとり合わせの句
訳の分らない言葉を取り合わせた 照れ隠しの未消化の暑苦しい習作

「夏便り」(なつだより)が夏の季語 
昔 石垣島に行った美しい友人から洒落た手紙が届いた
手紙の文面はほとんどなく 封筒を開けたら星の砂がざらざらと零れ落ちた
実に俳句の感動そのものの驚きを感じて作ったのだが果たして
「夜光虫」が夏の季語  都会の日常生活ではめったにお目にかからない
自動航行装置を持たない昔 夜の航海は交代で眠りながら一人づつ舵を執った
目的地を定めると 目印の星を見つめながら狂わないように舵を執る
真っ暗闇の舳先に波がかかって夜光虫が散り拡がっていく様はじつに幻想的
船に乗り上げた夜光虫がびっくりして光るらしい
「夏の月」が前回に続き夏の季語
指矩(さしがね)はL型の金属製の物差し
宮大工はこれ一丁でどんな難解な堂でも宮でも造り上げる
しかし これとて人が作るもの 一つづつ微妙な誤差が生じる
大勢の大工が一緒に仕事をするとき 道具合わせをして
寸分の違いもないように微調整する
これを「さしがね合わせ」と呼ぶ<宮大工 小川三夫「棟梁」(文芸春秋)>
小川三夫さんは法隆寺の西岡常一棟梁の愛弟子
この句 「さしがね合わせ」の場面を夏の月の下と想像した
キラリとさしがねが光った

「合歓の花」(ねむのはな)が夏の季語  六月から七月頃に咲く
常若(とこわか)は読んで字のごとく「常に若い」ということ
神道の根本精神の一つ 伊勢神宮の二十年毎の式年遷宮も
この精神によるものと聞き及ぶ 一方「無常」(むじゃう)は
「常なることは無い」という仏教の教え「諸行無常」の「無常」
私は世の中は「無常」だからこそ「常若」を目指すと理解している
そんなことを考えながら歩いていて
雄蕊の花糸が長く淡紅色で美麗な「合歓の花」と出逢った

井上 明関連サイトリンク
暮らし方研究会
http://www.kurashikata.gr.jp

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