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03 送れなかった手紙
人は人生の中でどのくらい送れなかった手紙を持っているのかしら。
夜中に書いて朝読んだらなんか恥ずかしくなって
送れなかった手紙、
怒りの気持ちを紙いっぱいに吐き出したら
なんだか怒ったことがちっぽけなことに見えてしまって
送るのをやめた手紙、
本当は好きなんだけど、
好きだと言ってしまえば二度と会えないような気がして
紙と睨めっこしたまま
何も書けなかった手紙、
ポストに入れるのを忘れて
季節合わない洋服のように行く場所を見つけることが出来ず引き出しの中に
残ってしまった手紙……
振り返れば私も送れなかった手紙をいっぱい持っているような気がする。
日本に初めて来た時、なんだか自分ひとりが氷の中に放り投げられた気がして、
泣きながら書いた手紙は殆ど空を飛ぶことが出来なかった。
書く時は浮かぶ顔に慰められたくて、少しでも優しい言葉をもらいたくて、
思いっきり寂しい言葉を並べていたが、
それを読んで悲しむ人のことを考えると送ることは出来なかった。
「私は元気よ」
まるで呪文のように紙を前にして出す言葉は、
寂しい笑顔とともに白い紙にポツリと力なく立っていた。
ペンを動かすと勝手に寂しい言葉が転び落ちる気がして、
ただ、一行を書いて、何も書くことが出来なかった手紙……
久しぶりに開いた本の中から出てきた色あせた手紙に
胸の底から隠れていた悲しみ一つが顔を上げた。
「私は元気よ」 |
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