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その1 「憧れのポップアップ・トースター」

テーブルの真ん中に置き、コンセントを入れる
食パンをセットして、しばし待てば香ばしい匂いとともに
こんがりと焼き上がった食パンがポップアップする、その不思議
次々ときれいに焼き上がる、嬉しさ
なんだか未来までもがどんどんポップアップするような
電気には何でもできてしまうような、そんな気さえした

コンセントさえ入れれば、宿題も、昆虫採集も、欲しいもの
何でもかんでもポップアップ
電気さえ通じれば
べったんもビーダマも野球もみるみるポップアップ……

けれど電気製品にはコンセントの長さくらいの幸せしか運べない
たかだか100V、500Wの豊かさ、快さ、便利さ
ソントンの苺ジャムより甘く、明治屋のバターより濃厚だとしても
トースターはダイニングキッチンから逸脱するわけにはいかない

それで充分なんだけれど、それでは物足りないような
たとえばクラスメートへのほのかな想いまでをも
何とかしてくれるような、そんな魔法のような何かが
あの頃の電化製品には、確かにあった


サンヨー2連式ポップアップ・トースター
(100V−600W 昭和30年代中期)


ボディの深い緑色は、食欲をそそる、とは言い難い。食卓周辺で使用される道具としては、現在ではありえないだろう。けれど、流線型のやわらかなフォルムといい、深緑の色彩といい、昭和30年代中頃の電化製品としては、非常にモダンだったに違いない。両サイドのつまみも、SANYOのロゴもアクセントが効いている。布製コードもグリーン系に合わせてあり、当時の工業デザイナーの心意気が伝わってくる。僕が小学生の頃に憧れていた新築の団地暮らしの、シンプルなダイニングキッチンにはよく似合ったと思う。

この時代のトースター(他の電化製品にも共通の色彩があるが)のカラーとしては、ピンク、薄いレッド、薄いブルー、薄いグリーンなどパステル系の控えめな色調(4色くらいカラーバリエーションが用意されていた)のものが多い。いま4台くらい手元にあるが、このトースターのデザインが色彩も含めて最も気に入っている。同タイプは他に目にしたこともないので、おそらくあまり売れなかったのではないか。

30年代半ば、我が家にはトースターはなく、モチを焼くような網で、ガスか火鉢で焼いていた。固形のバターは固く、満遍なくきれいにバターを塗るのは難しかった。バターを塗って、その上に砂糖をかけて食べたりした。美味しかった。祖父は砂糖だけをたっぷりかけて食べていた。僕も真似をしたが、それもまた美味しかった。当時の我が家では、食パンは毎朝食べるものでなく、ごくたまにおやつのように食べるものだった。僕がトースターと出会うのはずっと後、昭和40年である。

さて昭和35年頃の電化製品カタログを見てみると、高額なのはテレビ(14型で7〜8万円)、電気冷蔵庫(7〜8万円)などで、トースターは2連式で1,500円ほどと安く、ジューサー(1万円程度)や電気釜(7〜8,000円)などに比べても購入しやすい価格設定になっている。価格の割には幸福度の高い、コストパフォーマンスに優れた電化製品といえるだろう。

このサンヨー2連式トースター、いまでも十分使用できるが、8枚切りくらいの薄切りでないと入らない。オーブントースターより速く美味しく焼ける。大阪、四天王寺の骨董市で購入。購入価格2,000円。レトロな味わいのトースターは全国の骨董市はじめ、ヤフーなどのオークションでも購入できる。

その13
「ベッタン」(めんこ)で、
少年を磨く。

その12
昭和30年代の「お正月」

その11
少女は、ミツワ石鹸の香り

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