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ほの暗・明るい時期

■進学
 前にも書いたが、母親が歯医者なのである。それも初代なのだ。今でこそ女医さんなど珍しくはないが、母の時代にはかなり珍しかったのではなかろうか。そして、女手でゼロから開業してそこそこ繁盛するに至るまでには言葉では言い表せないほどの苦労があったように思う。
 当然、母としては2人の息子のうち、どちらかには跡を継がせたかったのである。
そうなると、歯科大学に行くことが必須条件になってくる。そしてそのためには、進学率の高い中・高校へ入って欲しいと思うことは親として当然のことであった。

 ちょうど我が町には(前述の)うってつけの進学校(私立中高一貫校)があり、そこを目指すことになるのだが、何せ成績があまりよろしくない転校生であった私にとっては、近郊の各小学校のトップ5が受験するような入学試験はかなりのハードルのように思えた。いや、正直なところまったく自信がなかったのであるが…。

 そんな私が、後にも先にも唯一「試験勉強した」と言えるくらい猛然と勉強し始めたのは、母には申し訳ないが、親の期待に応えるためではなく、只々、「いじめっ子との決別」という哀しい一念だけだったのだ。
 なぜならば、いじめてた連中はどちらかというと勉強派というより運動派で、ほとんどが町立の中学校に進学するからなのだ。
 それにしてもよく勉強したなあ……眠くなったらタライにくんでおいた水でまぶたを洗いながらねぇ……(苦笑い)。
 ちょっと大げさかもしれないが、ここで「人生を変えねば……」という子どもながらにかなり真剣な、いや、崖っぷちに立っているような悲壮な思いであったように記憶している。

 こうしてあまり健全とは言えないまでも、この「人生を変えたい」という「大きな目標」に立ち向かう中で、思わぬ副産物として、少しずつ少しずつ真っ暗闇に「自信という光」がさし始めてきたことは確かである。

 斯くして、見事、入試に合格したのである。以前の「暗闇」を思うと奇跡的と言ってもいいかもしれない。
 そして、あれだけ望んでいた「いじめっ子との決別」を達成したことも嬉しかったが、それ以上に大きかったことは、今までは何をやってもダメで劣等感の固まりのような子どもにとって、生まれて初めて「やれば、できる」という言葉を実感したことだろう。
 この言葉なしに、今の自分は到底なかったと言っても言い過ぎではないと思う。

 そしてそして、この「入学」が新たな人生への大きな一歩、大きな転換点になろうとは……。

 いよいよ次回から「タイコとの再会」、そして「音楽の道」に踏み込みます。青春編と言ってもいいかもしれない。乞うご期待を。

ほの暗・明るい時期

暗い時期

タイコ
(音楽・器楽トラウマ第2弾)

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