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感性

私は1953年(昭和28年)1月15日、岡山県玉島市(後に倉敷市に合併)の片田舎で生まれ、小学校2年(7才)までこの地に住んだのだが、この7年間において、自分の感性の原形が創られたと言っても過言ではないように思う。
 話はちょっと飛ぶが、ソロ活動を開始した頃、今から約20年ほど前、「自分の音とは何ぞや」を探し求めて、色々と自分の中にある「情景」「色彩」「匂い」などの記憶を探っていたとき、出てきたもののほとんどが生家で暮らした7年間のものであったことに驚いたほどである。

風:
生家は池のほとりの高い石垣の上に建てられており、母屋、離れ、蔵、庭、長屋(物置)などで構成されていて、上から見るとちょっとした小さなお城の雰囲気である。池に最も近く石垣の真上に建てられているのが(祖父母が住んでいた)離れであるが、そこに池の方から吹く風の気持ちよかったこと……とりわけ夏の風が…。

色:
ご存じかもしれないが、岡山というと桃の産地である。ご多分にもれず、我が家のまわりにもいっぱい桃の木が植えられている。4月頃になると桃の花が咲きほこって桃色一色になるのだ。それはそれは派手な世界なのである。
今でもビビッドな色が好きなのはそんなところから来ているのだろうか…。

匂い:
桃にかぎらず岡山は果物の豊富な地である。桃がなる季節には桃の匂いが、それを過ぎるとぶどうの甘酸っぱい匂いが…。
そんな中でとりわけ郷愁をくすぐるのが「草の匂い」である。チャンバラごっこ(棒きれを刀に見立てて遊ぶ)をして草むらを転げ回って遊んだときの匂いなのだ。
それから金木犀の匂い。この木が我が家の庭にあったのかどうかはわからないが…。
苔の匂い。生家の庭はかなり立派のもので、庭石と庭木以外はほぼ全部と言っていいほど苔が敷き詰められていたのである。おかげで遊ぶときに苔を踏んではいかんと言ってよく叱られたものだが。そのひんやりとして湿気を含んだ匂い(苔に匂いがあるのかどうか定かではないが)をよく思い出す。

情景:
なぜか月の光の中の様々の情景をよく思い出す。「月の光」と言っても季節によって違うのだが、特によく思い出すのは、秋から冬にかけての月の青白い光の中にある、稲が刈り取られてしまって黒く沈んだ田んぼ。そして、そのそばにある池の揺れ光る水面…。
我が家ではトイレや風呂が母屋から離れたところにあったのだが、夜、風呂やオシッコに行くときの怖かったこと怖かったこと。特に月が出ていないときの闇に近い「暗さ」の怖さは格別である。
それだからこそ「月の光」がより印象的であったのだろうか…。
現在、石川県小松市の山の中の全部で30軒ほどの家しかない部落に住んでいるが、雰囲気的にはほぼ生家と同じぐらいの田舎なのである。しかし、「月の光」「星の光」の存在感を当時ほど、いやまったくと言っていいほど感じないのである。それは村中に立てられた水銀灯のせいなのだ。夜の「あたりまえの暗さ」を失っているのである。安全のためと称して、何か損しているような気がしてならないのであるが…。

話は飛ぶが、今から10数年ほど前、スイスに2週間ほど滞在したことがある。(後述するので詳細は省くが)ある日、片田舎にある知人宅から、夜、最終バスに乗って帰宅しようとして外に出たのだが、そこは(大げさでなく)真っ暗だったのである。這いつくばりながら(盲人のように)思わず手で道を確認しながら歩いてしまったほどである(苦笑い)。でもその時、向こうからやってくるバスの光りの嬉しかったこと……まるでトトロに出てくる猫バスのようであった(笑い)。
そして、その暗闇を背景に、そこいら中から聞こえてきた牛や羊がぶら下げているカウベルの音・音・音…。まさに「音のパノラマ」だ!!
それまでもずっと聞こえてきていたはずなのに…。

「闇」があるからこそ「光」を味わえる。

「眼」を閉じれば「耳」が開く。

ほの暗・明るい時期

暗い時期

タイコ
(音楽・器楽トラウマ第2弾)

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